羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 三浦さんは、俺と目が合ってほっとしたような顔をした直後、入り口側に背を向けて座っていたキイチさんたちに気付いたらしい。「えっ……え、兎束さん!? なんでこいつらと一緒にいんの!?」と本気の驚愕の反応を見せている。
「や、取引先の傍で偶然会って夕飯誘われたっていうか……ちょっと話してたっていうか……」
 みなまで言うよりも早く俺たちのいるテーブルに到着した三浦さんは、真っ先にキイチさんへと向き直り口を開いた。
「てめっキイチ! このバカ! 兎束さんに迷惑かけんなよ何お前!? 余計なこと言ってねーだろうなマジで」
「はぁ〜!? バカにバカって言われたくないですぅ! オレの連絡完無視しやがって何様だっつーの!」
「……っそ、…………それはごめん……」
「いや威勢失うの早くない!? もうちょい粘れよ! オレが一方的に酷い奴みたいになるやろがい!」
「っせーな知るか! ほんとにさぁ……こんな、これ、え? どうすんの? もうみんな飯食った? おれまだなんだけど」
「とっくだわ! お前またクソみてえな食生活してんだろ。さっさと何か頼めバカ。騙して呼びつけたお詫びに奢ってやる」
「えー……じゃあ唐揚げ食べる」
「おう。食え食え」
「出汁巻き卵」
「うん」
「ごまさば……あと酒……デザートにプリン……」
「全部頼んどけ。あ、ミナトも何か追加注文する? オレとタキで奢るよ〜! 年下に払わせるとかできないし!」
「ハ? 何? なんで下の名前で呼んでんの……?」
「えっなんとなく。さんずいに奏でるって字書くんだってー。よくね? 字、よくね?」
「そのくらい知ってるわ! お前に教えてもらわなくても! っつーか兎束さんの分はおれが出すから。お前はすっこんでて」
「こ、こいつ……! オレに対しては微妙に塩なのなんでよ」
「はァ〜? そっちが先に喧嘩売ってきたんですけど? おれめちゃくちゃ傷付いたんですけど? あっタキ久しぶり、会いたかったから嬉しい。イノは?」
「久しぶり。俺らも偶然会っただけだからあいつはいない。気になるなら後で連絡するといい。思ったより元気そうでよかった」
 会話の勢いに圧倒されて一切口を挟めなかった俺は、ここでようやく我に返った。仲違いしてたとか嘘じゃない? めちゃくちゃ仲良さそうなんですけど……。
「えー……っと、黙っててごめん、三浦さん。キイチさんに頼まれて代理で呼んだ。話も色々……うー、ほんとごめん……」
「だから呼び捨てでいいって! 歳そんな変わらんじゃん。っつーか今更だけどアキラのこと名字で呼ぶ奴新鮮だわ〜。なんで下の名前で呼ばないの? 仲いいんでしょ?」
「いや、同僚下の名前で呼ぶことそんなになくないですか……? 三浦さんだって俺のことは名字にさん付けですよ」
「そっかぁ。名前知らないだけかと思ってた」
「流石にそれはない」
「はは。じゃあ言える? こいつの下の名前。漢字分かる?」
「言えるよそりゃ……明楽さんでしょ。『明るい』と『楽しい』で、明楽」
 もうね、超ぴったり。これ以上ないってくらい三浦さんに合ってて、いい名前だと思う。
 そういえば下の名前で呼んだのは初めてだな、とほんの少し恥ずかしく思っていると、三浦さんもなんだか気恥ずかしそうに俺をちらっと見た後軽く俯いた。うわっ、初めて見るパターンかもしれない。こっちまで余計に恥ずかしくなる。
「えっアキラ何照れてんの珍し! 気持ち悪!」
「お前さっきから喧嘩売ってんの? 売ってんだろ? オイ」
 キイチさんが横から茶々を入れてくれるお陰で若干気恥ずかしさがマシになってる。ありがとうキイチさん……。でも目の前であんまり仲良さそうにされると妬ける。二十年の積み重ねに勝てるなんて最初から思ってないけどさ。
 ……いや、それにしても。
「三浦さんやっぱ昔からの友達には少し口調が乱暴っていうか、雑な感じなんだなー……」
 気安いのが分かってちょっと羨ましい、と思っていると、三浦さんはなぜか一瞬不安そうな表情になった。どうしたんだろう? と、その疑問は直後に解消される。
「……おれがこんなだと、きらいになる?」
「え? ――えっ!? いやいやいや! ならないし!」
 何を言われたか理解できなくて、言葉の意味が脳に入ってきた瞬間に慌てて返事をした。なんなの、俺に嫌われるかもって思って今そんな不安そうな顔したの? そ、それは……いや……可愛いな……。
 嫌いになるなんてありえないから安心してほしい。流石にそこまで言うのはあんまりにもあんまりだから堪えたけど、キイチさんたちがいなかったらぽろっと言っちゃってたかもしれない。人目があってよかった。
 キイチさんたちはというと、心なし呆れたような目で俺たちを見ている……気がする。かと思えば、真っ直ぐな瞳で言葉を投球してきた。
「アキラ、ワンアウト。あと二回で退場させるからな」
「お前なんっなんだよマジでさっきから! うるせえな!」
「うるせえのはお前だバーカ! ミナトごめん、こいつ常にこんな感じでしょ。ぶん殴っていいからさ」
「いやいやいやいや……」
「えっなんでそこで謝ってんの? 兎束さんスミマセン、うるさかった? なんか変な感じになっちゃったけど兎束さんさえよければもうちょっとここにいてほしー……です。せっかく会えたし喋りたい。駄目ですか?」
 だ、誰か助けてほしいんだけど! 好きな人にこんな、ここまで言ってもらえてだめなわけないじゃん!?
 俺は表情筋が変に緩まないように必死になりながら「もちろんいいよ。こっちこそ騙し討ちしちゃってごめん」と笑顔で言うことしかできない。本当に、キイチさんたちの存在に救われてる。二人きりだったらやばかった。当のキイチさんは「こいつマジで今退場させてやろうかな……」とぶつぶつ言ってたけど。
 最近三浦さんとの間に感じていたぎこちなさなんてどこかへ行ってしまって、じわじわと喜びを噛み締める。やっぱり好きだ。普通に喋れて嬉しい。もっとこうしていたい。
 ……と、そこまで考えて、俺は本来の目的を思い出した。そうだ、そもそもなんで三浦さんを騙し討ちしてまでここに呼んだかって、キイチさんと対話してもらうためだった。お互い嫌いで喧嘩別れしたわけじゃないのに、連絡が絶たれたままなんて悲しすぎる。
「あ――あの、三浦さん」
「なんですか?」
「改めてなんだけど、騙して呼びつけてごめん。俺、キイチさんに色々話聞いて……それで、……三浦さんにもキイチさんの話聞いてほしいなって思ったから」
 俺は席を外しておいた方がいいよな、とそのまま中座しようとしたのだが、「えーっ、ここにいてよぉ」とキイチさんに随分と気軽な調子で言われて動揺する。これからかなり込み入った話するんじゃないの? 三浦さんとはもうちょっと喋りたいけど、全部終わってからでも遅くないし……。
 それに、三浦さんは以前CDショップで目の前の彼らに会ったとき、二人との会話を俺に対して聞かれたくない……という風に言っていた。
「三浦さん。俺、ここにいていいの? 耳塞いどく?」
 俺の問いかけに、三浦さんは迷わなかった。「いてほしい。兎束さんが迷惑じゃなければ……傍にいて。それで、嫌じゃなければ一緒に話聞いて」と囁いた。……まるで特別扱いされてるみたいだ。全部気のせいなのに。
 三浦さんは、言い切ってからふっと気まずそうに視線を下げる。それはまるで叱られることを不安がっている子供みたいな仕草で、場違いに和んでしまいそうになる。
 それはキイチさんも同じだったようで、ぶはっと噴き出したかと思えば着ていたセーターの袖を捲り、斑模様の傷痕が残る腕を露出させる。そして、口調はぶっきらぼうだけれどとても優しい目をして言った。
「……腕の火傷、とっくの昔に治ってるんですけど。完治ですけど。お前も知ってんだろ」
「な――治ったって言わないだろ、それ……痕残ってるし……」
「オレが治ったっつったら治ったの! っつーかお前には昔から何度も何度も何度も何度もトラブル持ち込まれてるし今更火傷が一つ二つ増えたから何? って感じなんだけど」
「…………そんなにたくさん迷惑かけてたの、おれ」
「心配かけてたんだろ! ……言っとくけどな、そういう諸々については怒ってない。オレは好きでお前の傍にいたんだし。ただただオレの連絡無視しやがったことに怒ってっからね!」
 キイチさんは、このタイミングで届いた唐揚げと出汁巻き卵を三浦さんの取りやすい位置に寄せ、店員に笑顔でお礼を言う。そして深く息を吸い込んだかと思えば、長い時間をかけてゆっくりとそれを吐き出した。
「――でも、怒ってる以上に謝りたくて今日は呼んだ」

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