羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 三浦さんはCDは聴かせてはくれなかったけど、作った曲を投稿しているアカウントはあっさり教えてくれた。どうやら、音声ソフトに歌わせると自分が薄まる感じがしてあまり恥ずかしくなくなる……という理屈が彼の中にあるらしい。曲作りや自分の作った曲を聴かれるのが恥ずかしいというよりは、曲の向こうの自分について色々想像されたりするかもしれないのが恥ずかしいんだとか。だから匿名で顔も見せなくていい今のスタイルが性に合ってる、なんて言っていた。
 俺はというと、機械の合成音はあんまりだったけど曲をカバーして歌ってる人たちがかなりいたので、曲ごとに一番再生数の多い人をリストにまとめて順番に聴いてみることにした。あ、もちろん原曲は最初にちゃんと聴いてからね。
 原曲は女の子の声のボーカルだからカバーも女性が多いかと思いきや、ぱっと見男性が歌っているものの方が多い。曲調がかっこいい感じのやつ多めだからかな? 人気なだけあってみんな上手くてびっくりだ。この人たち別にプロってわけじゃないと思うのに。
 動画を眺めていて面白かったのが、『この人の作る曲ギターソロの部分ですぐ分かる!』ってコメントがついててそれがかなりの同意を得ていたこと。三浦さん、全然自分薄まってなくない? って笑ってしまった。笑って俺も同意のリアクションを押しておいた。この人たちみんな三浦さんの曲が好きなんだなー、ってなんだかどきどきする。
 俺は三浦さんと面識があるから、曲を聴くのも楽しいんだけど曲を聴いた人たちの反応を見るのもかなり楽しい。
 そして、色々聴けば聴くほど思う。これ、やっぱり本人歌唱が聴きたいよなあ……!
 情報収集してみたけど、CDとかは出してない……っぽい。CD出してほしい、みたいなコメントはいくつかあるけど、それが実際に出たという話はない。……んー。
 少し気になって、投稿曲を古い順に並べてみる。一番古い曲は、三浦さんが大学四年生の頃と思しき年の日付が示されていた。バンド活動をやめた辺りからこっちに転向したのだろう。三、四ヶ月に一曲のペースで動画が投稿されていて、ネット上では『曲の知名度の割に本人の露出が極端に少ないというか皆無』『キャプションも短い』『リアルイベントには絶対出ない』という共通認識があるようだった。
 そういえばキャプションちゃんと見てなかったかも、と思って最新の動画のページを開くと、『ココアこぼした……全部見なかったことにして寝たい。っつーかキャプション書いてる場合じゃない……』とだけ書いてあった。あとは定型文の関係者情報とかこれまで作った曲のリストへのリンクとか。ここってこんな日記帳みたいに使う場所なんだ……。
 ココアこぼして一旦見ないことにして現実逃避でPCに向かってる三浦さん、簡単に想像できるな……と思わず頬が緩む。そんな楽しい気分のまま、俺は特に気に入った何曲かを新しく作ったリストにまとめて入れた。これで好きなときにすぐ聴ける。
 この曲が特に好きだったよ、という話を、明日三浦さんにするのが楽しみだ。

「おれ、ほんとはずっとリードギターがやりたかったんですよね。だからその反動かも」
 次の日の昼休み、今日は俺から誘って昼飯だ。席の間隔が広めでゆっくり喋れるようなとこ。三浦さんに特に気に入った曲の話をして、ああその曲はこの会社に入る直前に作ったやつで、なんて裏話も聞けて、俺はほくほくしながら言った。「三浦さんの曲ってどれもギターソロかっこいいよね」と。そしたら返ってきたのはさっきの言葉だ。
「リードギター……」
「ざっくり言うと目立つ方のギターです。大体上手い奴がやる。ギターソロとかもここ担当」
「へえー……え、でも三浦さんギターめちゃくちゃ上手いよね? 曲に使ってるやつってあれ実際弾いてるんでしょ?」
「あー……」
 三浦さんは微妙に言いにくそうに、「あのー、これはもう全然何の含みもなく聞いてほしいんですけど」とごにょごにょぼやいたかと思えば小声で耳打ちしてきた。
「他の奴らに、『顔がいいんだから歌っとけ』って言われて……! いやどう考えてもおれが一番ギター上手いのに!? 顔は関係なくない!? せめて歌が上手いからって言ってくれたらこんな微妙な気分にはならなかったんだけど……!?」
 途中からヒートアップしている三浦さんを見て、俺はというとじんわりとした親近感を覚えていた。め、めちゃくちゃ分かるなあーそれ……! 理由に顔のよさを挙げないでほしいよね!?
「まあ……色々あって、もう全部嫌になって楽器も全部捨てようかなって思ってた時期もあったんですけど」
「あ、あったんだ……そっか……捨てないでくれて俺は今色々聴けて楽しいよ……」
「え、うれし。ありがと。そう、それで自暴自棄になりかけて気付いたんですよ」
「気付いた?」
「気付いた。全部一人でやればいいじゃんって。作詞作曲は元から殆どおれがやってたしギター弾けるし、歌はまあ別にいいや、発表は今の時代ネットの方が手っ取り早い。最初から一人なら誰にも迷惑かけないし誰かの迷惑になること心配しなくていい。そんな感じで今に至ります」
「全部一人でやればいいじゃんでやっちゃえるのすっごいね……」
「元々PC作業が好きだったんで慣れてたんですよね。メンバーに渡すデモ音源とかは打ち込みで作ってたし」
 よく分からないけどなんかすごいことは分かる。思わず「三浦さん何でもできる人だ……」と呟くと、「それは過大評価すよ」とすぐさま反論された。
「音楽とPC関係以外のことは大体全部苦手です。運よくこれを仕事にできたからよかったですけど、SE以外できる気しません」
「そうなの? 運動とかも? 勉強はできる人でしょ?」
「運動……? ライブで歌う以外の運動は義務教育と共に卒業しました」
「高校ですらない」
「それと、誤解受けてそうなんで言っときますけどおれ勉強も特にできるわけじゃないですよ」
「え!? それは流石に謙遜じゃない……?」
「じゃないですって。大学の般教とかほぼ代返だったし、真面目にやってたのゼミくらい。英語はプログラミングのために必死で覚えましたけど実は理系のくせに理系科目がそこまで得意なわけでもないんですよねー……」
 いやでも三浦さんの出身って確か国立大じゃん……と釈然としない気持ちで指摘すると、「ああ、おれAO入試組なんです。ズルです」と各方面から怒られそうなことをさらっとぶちまけられた。
「AO入試をズルって言うな! マジで怒られますよ!?」
「本人が言うならいいでしょ。おれなぜか面接は通るんですよね」
「なぜかっていうか……理由はまあ分かるかな……」
 めちゃくちゃ喋れる人だもんね。
「兎束さん、おれの今の見た目に認識引っ張られてません? おれ元はピアスばちばちのバンドマンですよ?」
「い、言われてみれば……? というか三浦さん色々開き直ってきたね。バレた直後はテンションがた落ちだったのに」
 三浦さんはにこっと笑って、「うん。兎束さんには誤魔化したりしないでいいんだって思うと気が楽なんです。おれの人生、半分プログラミングでもう半分は音楽だから」と囁いた。とてもいい笑顔だった。どきっと心臓が跳ねる。
「お――俺も三浦さんの作った曲聴けて楽しいよ。他の人たちのコメント見るのも楽しいし……あとほら、三浦さんの曲カバーして歌ってる人たくさんいるじゃん。あれびっくりした。みんなプロみたいに歌うし」
 その瞬間、俺の語尾が消えるよりも早く、三浦さんの「そっちも聴いてるんですか?」という声が差し込まれる。
「え? うん、俺やっぱ機械音声ってやつ? あれ耳に馴染まなくて……あ、ごめん、もちろん原曲は聴いた上でカバーも聴いてるんだけど」
「…………ふーん」
 何今の間!? 怖いんだけど……。
 やっぱりカバーの方を聴いていることは伏せておけばよかったかな、気を悪くしたかな、と不安になったのも束の間、「ねえ、兎束さんが聴いてるカバーどれか教えてくださいよ」と笑顔で言われる。スマホでリストを表示して、共有ボタンでそのまま三浦さんに送っておいた。
「ありがとうございます」
「……ごめんね? もしかして嫌だったり……」
「この声苦手な人がいるのはちゃんと分かってるんで、そんな申し訳なさそうな顔しないでください。実際、有名な人に歌われてバズることも多いんですよね」
 俺は早速既読のついたトーク画面をちょっと気まずい気持ちで眺める。三浦さんは優しいからフォローしてくれたけど、やっぱり口に出すべきじゃなかった。反省だ。せっかく秘密を教えてもらえたのに。
「? どしたの兎束さん。元気ない?」
「や、大丈夫。へーき」
「そ? それならいいんですけど」
 じゃあそろそろ出ましょうか、と促されて席を立つ。午後の予定に意識を巡らせて、そういえば、と三浦さんの方に向き直る。
「忘年会の出欠今日までだよね。三浦さん出欠まだつけてなかったんじゃない?」
「あーそうかも。残業続きで忘れてた……ありがとうございます。よく見てますね」
「同期の名前って近くにあるから目に入るんだよ」
 半分本当で、半分嘘だ。確かに同期だけど、「う」づかと「み」うらだからその名前はかなり離れた行にある。俺が三浦さんのことを特に気にしているから、わざわざ一スクロール余分にマウスホイールを動かしているのだ。白状するのは恥ずかしいので黙っておこう。
「ちなみにだけど来るよね? 忘年会」
「行きますよ。元々毎年出席はしてましたし、今年は喋ってくれる人もいつもより多そうだから」
 ちりっ、と心臓の辺りに違和感を覚えた。そう、たぶん今となっては飲み会で三浦さんが隅っこに一人、という状況にはならない。誰かしらが話し掛けるだろうと思うから。
 喜ぶべきことなのに、もやもやする。もやもやするのはおかしいのに、自分の意思じゃ止められない。
「兎束さん、兎束さん」
「っ……な、何? どうかした?」
「忘年会、兎束さんの席の近くに行っていい?」
 兎束さんが傍にいてくれれば安心なので、と屈託のない声を向けられて、不思議ともやもやが和らいだ。「もちろん。というか一緒に会社出ようよ」とすぐさま返事をする。
 三浦さんはやっぱり笑顔だ。最近は、笑っている顔を見ることの方が断然多い。俺は心の中だけでこっそりと息を吐き出す。
 ……あーもう、やばいなあこれ。
 やばいのになあ……。

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