羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 三浦さんは社内でもなかなかの有名人だった。あまり周囲と関わり合いにならないから噂の的になる、そういうタイプ。
 仕事はめちゃくちゃできるのに愛想がなくてずばずば言いがちなので、周囲からは『あー……あの人ね……』みたいな感じに言われてる。社内のIT関係のことを全般見てて、どうやって一人でこなせているのか全然分からない。気を付けて見てみると、社員が使ってる勤怠システム用のアプリも、日報を記録するアプリも、リモートワーク導入にあたってその日の勤務形態を上司に申請するアプリも、全部三浦さんが作っていた。
「すげーな情シスって……」
「ん? 三浦サンの話?」
 始業前の独り言を傍にいた同期に拾われる。俺は椅子の向きを変えて会話の姿勢をとった。
「そお。三浦さんの話。こないだほぼ初めてまともに喋ったんだけど、絶対嫌われた……というか元々嫌われてた……?」
「あの人誰にでも愛想ないじゃん。兎束が特別どうってわけじゃないでしょ」
「んー……」
 愛想がないっていうか、絶対呆れられたし仕事できない奴だと思われた。そして薄々感じる。三浦さんは仕事ができない奴のことが嫌いなタイプ……なんじゃないかな、と思う。
 俺は何かと人に助けてもらえやすいけど、そうやって周りに散々頼りながら生きてる人間のことを軽蔑している人もいるのは理解できるというか……一人で仕事できて実力もあって、なおかつ他人に足を引っ張られることを何よりも嫌っているような人とは、率直に言って相性が悪い。どっちが悪いとかじゃなくて、相性が悪い。
 特に今回のことは俺の不注意だったし。ただただヘコむ。
 まあ、あの短い間しか喋ってないから実際のところ三浦さんがどう思ってるかは分からないけど。寧ろ一瞬で記憶から消された疑惑すらある。その割に、俺の名前は憶えてくれていたのが謎だ。
「三浦サン誰に対しても敬語だし、他人に壁ある系の人でしょ」
「そうなんだ?」
「新人にも『はい』『いいえ』『分かりました』の三語で喋ってたよあの人」
「選択肢少なっ! そ、そっか……そもそもあんま喋りたくない人か……」
 距離感遠いと思ってたけど、逆にあの対応なら他の人よりは寧ろ近かったのかもしれない。同期のよしみで……?
「でもまあめちゃくちゃ仕事できる人だからあれはあれでいいんじゃない。職人気質みたいな感じで」
「三浦さんが入社する前ってこの会社IT関連どうしてたの……?」
「開発部の奴らが分業で頑張ってたっぽいよ。本来の仕事じゃないのに」
「うわ……三浦さんも開発部も可哀想……」
「本来の仕事じゃないと言えば、たまーにExcelとかコピー機とかの使い方三浦サンに聞いてるオッサン社員いるけど一連の流れの後あからさまに機嫌悪くなっててウケる」
「ウケるなよ」
 まあ、それこそ本来の仕事じゃなさすぎるから三浦さんが不機嫌になるのも分からなくもない。本人に文句を言ってないだけ我慢しているのかも。
「そっかー……文句も言わずにやってあげるの優しいな三浦さん」
「ん? いや文句は言ってる。言った上で超不機嫌になってる」
「文句は言ってるのかよ! それはそれで凄いじゃん……」
 喋りつつ、一応同期なのに俺って三浦さんのこと何も知らないんだなあ、と改めて思う。
 同期の中でも社員番号が離れてるから、本当に接する機会がない。新人研修のときだって、中途とは別だったし。そもそも部署が違うから研修内容も別だ。情シスが普段どんなことをやっているかなんて最近初めて意識した。
 俺は割と、幅広く色々な人と仲良くできるタイプ……だと思う。初対面では大体好印象を抱かれるし、会話も苦手じゃない、はず。でも三浦さんが相手だと、いまいち自分のペースを保てなかった。なんだろうなー、やっぱ緊張してたとかかな。怖かったし。
「……ねえねえ、俺って人当たりいいと思う?」
「何突然。いいと思うけど」
「そっかー……そうだよな」
「そういや総務のマイちゃんがお前と交流持ちたそうにしてたよ。ほら、この間の飲みで二次会一緒のテーブルだった子。人当たりのいい兎束サン狙いなんじゃない?」
「えマジで? そんな面白い話したっけ」
「知らん。兎束って第一印象はマジでいいからなー。他にも狙ってる子いると思うよ」
「第一印象『は』って何」
 ツッコミを入れてみたが笑顔で流された。なんだよー。
 いや、分かっている。よく『思ったよりめんどくさい』みたいな理由で振られるし……。色々引きずるタイプだし、なんなら今も三浦さんに怒られたことを引きずってるし……。
 割り切って遊ぶんだったらいいんだけど、付き合うとなると価値観のすり合わせが大事だ。そしてたぶん、俺の価値観は俺の見た目を裏切っている。
 そういうのもあって、あんまり社内で真剣なお付き合いはしたくない。だってほら、色々面倒そうじゃん。仕事の顔とプライベートの顔は違うのだ。
「……来月の飲み会、三浦さん誘ったら来……てくれないよな。うん。無理そう」
「自己完結? っつーかやけに気にするじゃん三浦サンのこと」
「俺のこと嫌ってる人がいると思うと不安になるんだよ! 汚名返上しておきたいというか……せめて嫌ってることを表に出さないでおこうと考えてもらえるくらいにしたいというか……」
「うわめんどくさ。本心では嫌われてるのはいいんだ?」
「うん。本心なんて俺には見えないし」
「めんどくさい上に全然分からん……」
 そいつは半笑いでそう言って、「まあ、飲み会には来てくれないだろうけどこれから接点は増えるんじゃね?」と続ける。
「その心は?」
「ほら、気にしてると些細なことでも接点に思えるっつーか。これまではすれ違っても特に意識してなかっただろうけど、これからはちゃんと認識するじゃん。接点は増えないけど接点に気付く回数が増える」
「いや接点増えないって言っちゃってるし」
「そうとも言う」
 そうとしか言ってない。
 でもまあ一理あるな。だってこれからは、三浦さんとすれ違ったら『あ、三浦さんだ』って思うだろうし。
 どうか忘年会くらいまでにはもうちょいマシな印象を残せますように……と祈る。
 とりあえず、次は社員証を確認しなくても、きちんと名前を呼べるだろう。

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