羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 日が落ちたからか、帰ってきた家は想像していたほどの暑さではなかった。けれどやっぱり湿気が凄まじくて、じっとりとした不快感を文字通り肌で感じる。この暑さの中やってしまって大丈夫だろうか。いや、そもそも俺が発端でそういう話にはなったんだが……。
「っはー、やっぱ汗かいた。先に風呂? でもどうせ汚れるしなー」
 うだうだ考えている俺とは違って、拓海はさっさとこの後の段取りを始めた。どうやら風呂の順番に悩んでいるらしい。風呂に入ったところで運動したらまた汗をかきそうだけれど、この熱気の中致すのも……という感じだ。
「先に軽く汗流して、また後でゆっくり風呂入ろうか」
「やっぱそれが一番いいよなー。じゃあ行こうぜ」
 さっさと風呂場に向かおうとする拓海を引き止めて、水分補給をさせてから移動する。「部屋の中でも熱中症になることがあるらしいぞ」「お前のその絶妙な空気の読めなさ、才能かもな……心配してくれてんのは分かるけどよ」雰囲気も大事だけど体調管理はもっと大事だ。行為の最中に倒れたりしたらそれこそ洒落にならない。
 ユニットバスの物件は絶対に嫌だ、と拓海が言ったので、この部屋の風呂場はちゃんと独立した場所にある。脱衣所と洗面所があって、風呂場の中だけなら冷風も入れられる。高校のときからそうだったけど、拓海はなるべく清潔な環境でないと気になるタイプのようだ。それなのに剣道部で毎日汗だくの俺と関わりを持ってくれたのだから優しいと思う。
「なあ幸助。服、脱がせてくんねえの?」
「俺でよければ喜んで……?」
「バーカ、お前がいいんだろうが」
 気恥ずかしさを感じつつボタンをひとつずつ外していく。こういうの、本当だったら言われなくてもスマートにやってみせなきゃいけないんだろうな。道のりは遠い。
 ボタンを外しきって、重力のままに肩から滑り落ち拓海の腕にひっかかったシャツを、洗濯機のふちに置く。拓海が「俺もやる」とこちらの服に手をかけた。やっぱり俺より慣れている感じがするのは……まあ、気のせいではないのだろう。
「……幸助、何度見ても腹筋ばっきばきですごい」
「そうか? 自分ではあんまり意識したことなかったけど」
 部活をやっていたら自然についた筋肉である。特につけようと思ってつけたわけでもないが、拓海はこの腹筋がお気に入りのようなので結果オーライだ。俺としては、拓海のこの細身な体がかなり好きで――まあ細くて心配になることもあるけれど――思わず触れたくなったりもするので、拓海も案外同じような感じなのかもしれない。
 外の気温のせいか、シャワーで水を出してもなんとなくぬるいくらいの水温にしかならなかった。あまり体を冷やすのもよくない気がしたので三十度半ばくらいのぬるま湯に調節して汗を流す。拓海の髪の根元がほんの少し黒くなっているのを発見する。こういうところを見せてもらえるのは、信頼の証のようで少し嬉しい。ほんのり赤くなっている首筋はきっと、暑い中帰ってきたのがまだ尾を引いているのだろう。
「なに、見すぎなんだけど」
 押し殺すような笑い声。こういうのも、ぜんぶ好きだ。
「いや、改めて好きだなと思って」
 特に何も考えずに感じたままを口にすると、拓海は今度こそ声をあげて笑った。「俺もだよ」そうか、嬉しい。気が合うな。


 室温は相変わらずだったが、汗を軽くでも流したお陰でだいぶマシな環境にはなったらしい。いそいそと準備をしていると、遅れて風呂からあがってきた拓海がベッドに腰掛ける。腰から下がバスタオルで隠れていて、そういえば、ルームシェアを決めたときに拓海が真っ先に買いに行ったのがバスタオルだったな、と思い出した。
 曰く、『一度使ったバスタオルは即洗濯機に入れろ。何度も使うとか論外だからな』とのことだ。
 お陰でこの家は大量にバスタオルとフェイスタオルが常備されている。おそらく今拓海が持っているバスタオルも、体を拭いたのとはまた別のやつだ。濡れてないし。
「どした? まさかゴム無いとか言わねえよな」
「いや、それは大丈夫。ちょっと懐かしくなっただけ」
 首を傾げている拓海に敢えて説明はせず、まずは軽くキス。こういうときの拓海は、積極的……だと思う。まあ、誰かと比べたことはないので実際のところは分からないが。俺が嬉しいから、それでいいのだ。
 唇を合わせながら、そっと拓海の体を撫でる。行為中の拓海は意外にも言葉少なで、俺のすることにストップをかけてくるようなことは殆ど無い。受け身でいるのは苦手だと常々言っているけれど、最大限こちらを尊重してくれているのが分かる。愛されてるな……と自惚れてみたりもする。こいつ自身、俺を受け入れてくれることに慣れてきたのだろう。
「ん……ふ」
 ちょん、と舌先で拓海の唇をつつくと、ゆるやかに咥内へと舌が迎え入れられた。こういう手順はなんとなく、拓海の反応を見て学んだものだ。習うより慣れろというやつである。
「……ぁ、んむ」
「んん、……は、たくみ……」
 気持ちいいか、と聞いてみると拓海の表情がほころぶ。
「そういうの……聞くのはダセェって昔は思ってた、けど」
「うん?」
「お前が相手なら案外悪くねえわ」
 きゅっ、と手を握られて鼓動が速くなる。拓海は真っ直ぐだ。こういう反応をされるとやっぱり嬉しい。たまーに照れ隠しで素直じゃないことを言ってくることもあるけれど、そんなときもすぐに「……ごめん、さっきのうそ……」って白状してくる。正直かなり可愛いと思う。
「はあ……拓海は今日も可愛い」
「ふ、何しみじみしてんだ。まだまだこれからだっつーのに」
 じわりと肌に汗が滲んでくる。拓海の挑戦的な言葉選びにどきどきする。体温が上がっていくのが分かる。導かれるみたいに何度もキスをして、肌に触れて、唇から伝わる感触をひとつも取りこぼさないように集中した。

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