羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 女相手ならともかく、男同士でプレゼントだの何だの贈り合うってなかなか想像つかねえよな。万里たちは当たり前にそれをやってるみたいだけどさ。マメだねー。
「お前は特に欲しいものとか言わねえしよー、イベント大好きな俺としてはもうちょい何かしてやりたいっつーか」
「え、なになに、どうしたの急に」
「誕生日の話!」
 きょとん顔の清水は今日も変わらずのほほんとしたオーラが漂っている。お前マジで自宅のソファのような安心感だわ。どーん、と上に乗っかると「由良は軽いねえ」なんて笑われる。お前もひょろひょろだろーが!
「もうすぐ万里の誕生日じゃん。兄貴がプレゼント頑張って考えてるのが物珍しいっつーか……誰かと物のやり取りするの嫌いだったくせに成長したなーと感慨深かったりするワケ」
「由良のそのネックレス、お兄さんからのプレゼントじゃなかったっけ?」
「これはプレゼントっつーかお下がり!」
 それに俺はあいつの家族だから、万里とはまた話が違うんだよ。血の繋がりとかが一切無いまっさらな状態から、ここまであの兄貴をめろめろにしている万里はかなり本気ですごい奴だと思う。
 清水は俺の話をふんふんと頷きながら聞いてくれる。「それかっこいいよねぇ、よく似合ってる」と、やはりふにゃふにゃの表情のまま俺の首元を指差した。ふふん、似合うだろ? でもお前欲しいとは言わねーんだよな。自分でつけようとは思わないってやつ?
「お前ほんと物欲無いな」
「そうかなぁ? 今のままでじゅうぶん満足してるから……かも」
 そうかよ。自分で言うのもなんだけど、俺だってかなりマメな方ではあるんだぜ。記念日だって絶対に忘れたりしなかったし、特別な理由の無いささやかなプレゼントはかなりいい反応がもらえるということも知っている。まあでも、あくまで女と付き合う上で培ってきた経験でしかないから清水には当てはまらないことも多々あるだろう。それは分かる。とは言え、好きだから喜ぶ顔が見たいっつーのも自然なこと……なはず。
 こいつの誕生日は、何かしてほしいこととか欲しいものとか無いのかって聞いたら『じゃあ、傍にいてほしいなぁ』って言われた。そんなことでいいのかよ? って思ったけどそれしか言わないので、その日はマジでずーっと一緒にいた。つっても学校終わって部屋でごろごろDVD観たり夕飯食ったり、普段通りな気もしなくもなかったけど。
 こいつの望みはいつもささやかだ。楽しむこと大好き、楽しませること大好きな俺としてはちょっと物足りない。サプライズで祝うことも考えたけど、独りよがりになってしまうかもしれないというのはあまりにもダサい。こういうのは相手がどう思うかが一番大事だからな。
「万里くんのお誕生日が終わったら次は由良でしょ? 由良も、欲しいもの考えておかないとね」
「んー……」
 そういえば清水は、いつもつるんでる五人の中では地味に一番歳上なのだった。清水の次が茅ヶ崎で、その次が万里。で、俺と、最後に大牙。俺と清水の年齢差は五ヶ月くらい。たった五ヶ月だけど、俺はその五ヶ月がなんだかもどかしかったりするのである。
 だってこいつ、自分の欲しいものはろくすっぽ言わねーくせに俺の欲しいものは聞きたがるから。
「俺はさー……割と、あれだ、いつも何かしら欲しいものがあるタイプなんだよな」
「そうなの?」
「そうなんだよ。ちなみに今は眼鏡が欲しい」
「え、視力落ちちゃったの」
「いや、そういうわけじゃねーけど。でもやっぱ裸眼だとあんま遠くは見えねえし、純粋にファッションアイテムとして一本くらい持っててもいいかなっつー……」
 いやいや、そういう話をしたいんじゃねーんだよ。「お前もさ、俺の傍にいるんだったらもっと自己主張しねーと自分があげてばっかりになって不公平になっちまうぞ」言い切って、恋人の様子を窺う健気な俺。もちろん、自分の誕生日だからってこいつに高価なものを要求したことなんて無い。今年も、『お前の受験がうまくいくのが一番のプレゼントだぜ!』ってノリでおとなしく勉強を見守ろう……とか、そんなことを思ってた。でもさ、実際問題欲しいものが大量にある奴とそうじゃない奴が一緒にいたら、どうしても欲しいものがある奴に何かしらあげる頻度が高くならねえ? そーいうのが俺は若干心配なのだ。
 俺の心配をよそに、清水はぽやぽや笑って「またそんな、優しいこと考えてたの」と俺の髪を撫でた。
 別にそんなんじゃねーよ。俺は産まれた瞬間から末っ子ワガママキャラでやってきてる男だぞ。つり合いが取れてねーと俺が気まずくなっちまうだろ。だからだよ。
「欲しいもの、俺が言う前に由良がくれるから。だから、俺は何も欲しがってないように見えるだけだよ」
「は? そんな日常的に貢いだ記憶はねーぞ」
「ふは、貢ぐって由良から一番遠い言葉じゃない? ……えっと、そうじゃなくてさ」
 清水はちょっと恥ずかしそうに言いよどむ。なんだよ、途中でやめるなって。気になるだろーが。
「……声が聴きたいなって思ったら、由良は話しかけてきてくれるんだよ」
 ぎゅ、と抱きしめられて清水の表情が見えなくなる。「さっきもね、触りたいなぁって思ってたら由良はくっついてきてくれたでしょ。なんで俺の欲しいもの分かるんだろうっていっつもふしぎ」ねえ、なんで? と囁かれる。それはもう甘かった。声とか手つきとか、色々と。
「お……まえ、はっずかしい奴だな……」
「由良は俺の心が読めるんじゃないかなって思うこと、あるよ」
 のんびりとした口調は俺の苦し紛れの悪態未満を柔らかく包む。なんでこいつはこんなに俺のことが好きなんだ。この俺が、誰かの愛情表現に照れるってマジで珍しいぞ。
 こいつは、俺と一緒にいられればそれでいいって、それだけで十分だって言ってるのか。
 嬉しいやら恥ずかしいやらで無言になってしまう俺。いや、俺も大概自己評価が高い自覚はあるけど、こいつは余裕でその上から「好き」って畳みかけてくるんだよ。このままだと俺の自己評価が富士山よりも高くなっちまいそうだ。責任取ってくれるんだろうな?
「んふふ。でも、由良は優しいから俺が何も言わないでいると心配してくれるんだよね。だったら俺、由良とおそろいの眼鏡欲しいな」
「お前視力悪くねーだろ」
「だて眼鏡です。おしゃれでしょ?」
「ぶっは、なんだよそれ! いつかけるんだよ、それを」
 清水はちょっと悩むように首を傾げて、「家で映画のDVD観るときとか……?」と言った。それ絶対裸眼よりみづれーだろ!
 欲しいものを考えるのが下手くそすぎる清水が面白くて笑ってしまう。いいぜ、お前にも似合うの選んでやるよ。俺は度の入ってる眼鏡買うから、まったく同じフレーム買うのが難しいなら同じメーカーのデザイン違いとか、どう?
 こういうときすぐにでも家を飛び出したくなるのは俺の悪い癖だ。どれがいいかと悩む時間が長いのもたまには悪くない。
 こいつの欲しいもの、俺が完璧に見繕ってみせるぜ。

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