羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 もうすぐマリちゃんの誕生日なんだよね。旅行で浮かれてたけど、そっちもちゃんと準備したいな。
 俺は、職場の近くの百貨店でプレゼント候補について物色しつつそんなことを思案していた。マリちゃんに対する俺のアドバンテージって、どう考えても『自分でそれなりの額の金が稼げる』ってことくらい……なんだけど、あんまり高価すぎるものを贈っても逆に気を遣わせてしまってよくないだろうし。そうは言っても物持ちのいいマリちゃんにはそれなりのものを贈りたいし。悩ましい。
 色々見すぎて目がちかちかしてきたので、特にめぼしいプレゼントは見つけられなかったものの店から出る。まだ仕事に行くには早すぎる時間だ。どうしようか……。
 ふと思いついたのは、以前マリちゃんが連れて行ってくれた公園だった。ここから近道を歩いて十五分弱くらい。とても静かで落ち着いていて、素敵な公園だったな。あのときは俺のメンタルがぼろぼろだったけど、今だったらもっとあの公園のいいところとか見つけられる気がする。
 散歩がてらちょうどいいだろう、と思って歩き出した。だんだん日が長くなってきていて、若干暑い。平日の夕方にスーツで公園って、リストラされた人みたいだな……。
 この辺り、玄関先で花を育てている人が多い。生活にゆとりがあるのだろう。丁寧に手入れされて咲いている花を横目に進むと、あっという間に目的地だ。明るい黄緑色のジャングルジムが見える。
「……あれっ?」
 入り口に一番近い木陰のベンチには先客がいた。その人は、思わず声をあげてしまった俺を目に留めると立ち上がってお辞儀をする。
「――お久しぶりです。奇遇ですね、こんなところで」
「あ……万里くんの、お兄さん」
 優しげに笑ったその人は、いつだったかマリちゃんの家の敷地内で迷子になった俺を送り届けてくれた、マリちゃんのいとこのお兄さんだった。淡い緑色の和装が今の季節によく合っている。そっか、マリちゃんのお散歩圏内の公園なんだからお兄さんがいてもおかしくないのか。
「こんにちは。あの、俺、万里くんにここに連れてきてもらったことがあって……」
「万里に? ふふ、お散歩にはちょうどいいですよね、ここは。いつも万里がお世話になっております」
 そういえばこの人には仕事用の名刺を渡していて本名を名乗っていない気がする。えーと、確か津軽……遼夜、さん? だよね? 合ってるよね? いまいち自信が無かったのと、いきなり下の名前で呼ぶのも馴れ馴れしいかと思ったので「津軽さんも散歩でここに?」と無難な呼び方を選んでみた。内心で呼ぶならともかく大っぴらに呼ぶのはまずいよな。
 マリちゃんのお兄さんはゆったりと頷いてから、はっとしたように声をあげる。「あ、あの、おれは在宅仕事なのでこの時間にここにいるのは別にストライキとかではないです……」なーんだ、そんなことか。俺も平日の真昼間に近所をうろつける仕事なので違和感は無い。どうやら、仕事の息抜きに散歩に出てきたようだ。
「俺もこれから仕事だし、そんな変だとは思わないって」
「す、すみません……突然」
「いーよ。っつーか敬語やめてって言った気がする」
 この人、雰囲気とか声音とかやっぱりマリちゃんに似てるから、丁寧語まで被っちゃうとなんか変に緊張するんだよな……。俺のそんな事情なんてまったく知らないだろうお兄さんは、不慣れな感じで「は、はい……うん……」とごにょごにょしている。あー、俺慣れ慣れしかったかな? 前に会ったときは、寧ろ俺の方がキョドってた気がしたんだけど。
「二歳差くらいでしょ。俺早生まれだし……あ、何月生まれだっけ」
「五月、です」
「じゃあほぼ一歳差みたいなもんじゃん。ほら、社会人になると年上の同期って珍しくないし」
 こくり、と頷く仕草は素直で、やっぱりマリちゃんに似てる。いや、マリちゃんがこの人に似てるのか。でもやっぱりちょっと違う。うまく説明はできないけど。
「……ええと、セツさん? とお呼びすれば?」
「うわっごめん俺の本名由良っていいます! 由良雪人ね、理由の由に良いに冬に降る雪に人」
「由良さん。……柔らかくてすてきなお名前ですね」
 確か初対面で『セツって呼んで』的な自己紹介をした気がするけど、ここまできたらもう本名でいいだろう。マリちゃんと同じ呼び方をされるのも複雑なものがあるし。
 っていうか、丁寧語に戻ってる。あんまり砕けた喋り方が得意じゃないんだろうな。前に会ったときこの人の隣にいた、ちょっと幼い顔つきの奴とは大違いだ。
「あ。ねえ、ちょっと相談があるんだけどまだ時間大丈夫?」
「ええ、もちろん。おれでよければ」
「ありがと。万里くんのことなんだけどさ、あの子って何かこう、好きなものとか……あれが欲しいとかこれが欲しいとか、そういうの普段から言ったりする?」
 誕生日が近いからプレゼントしたくて……とは言えなかったけど、おそらく察しのいいのであろう津軽さんはにこにこと俺の話を聞いてくれる。
「家族にだったら、遠慮せずに何かねだったりするのかなって思って……」
「あの子はむやみに何かを欲しがるタイプではなかったですよ、それこそまだ幼い頃から。ほんの少しの気に入ったものをずっと使う感じで……ああ、でも、お祭りの夜店のラムネは珍しくねだったと聞いた気がする。ビー玉が欲しかったらしい」
 ビー玉って……そんなんあまりにも可愛いでしょ……。
 あんなに純粋に素直に育ってるの、奇跡的じゃない? 保護したい……。そんな妄想を働かせつつ、やっぱりそこまで物欲無いタイプなんだなあ、と悩ましい。俺があげたブックカバーも大切に大切に使ってくれているみたいで、プレゼントした当時よりも随分といい風合いになってきている。マリちゃんが持ってると実際より高価に見えるっていうのは不思議で、でも納得のできることだった。
 お兄さん曰く、マリちゃんはやっぱり何を貰うかよりも誰から貰うかを重視しているし、そのプレゼントがマリちゃんのことをたくさん考えて選ばれたということに喜んでくれるとのことだった。ので、俺は下手にうだうだ悩まずマリちゃんのことをたくさん考えてプレゼント選びをすればいいみたい。
「……あの子は、高校に入学してから随分と明るくなりました」
「えっ……そう、だったんだ」
「まあ、家庭環境が若干特殊だったせいというかなんというか……いい友達がたくさんできたようでおれとしても安心です。よくご自宅にお邪魔させていただいているようで、ありがとうございます」
「いや全然そんな! こちらこそ別荘とか使わせてもらうことになってかなり図々しかったっつーか、ありがとうございます、ほんと」
「万里がね、とても喜んでいたんです。こちらこそお礼を申し上げたいくらいだ」
 家族には話せないこともきっと由良さんには話せるのでしょう、とお兄さんは言った。境遇が同じだったりすると、つらい思いもお互い様みたいになっちゃうのかな。大変だったりしんどかったりする気持ちを、俺が受け止めてあげられたらいいなって思う。
 いつの間にか随分と話し込んでいたらしい。腰を上げるにはちょうどいい頃合だ。俺は、これから仕事だということを伝えて立ち上がる。
「……万里くん、普段俺のこと何か言ってたり……する?」
 最後にそう聞いてしまったのはほんの出来心。俺のいないところでもしかして話題にしたりすることあるのかな、って気になったから。
 お兄さんは、ゆっくり目元を和らげて答えてくれる。
「優しくて恰好いい方だと伺っていましたよ、おれは。髪の色がとてもきれいで、いつも明るくてきらきらしているからどこにいても見つけられる気がする――らしいです」
「っ、そ、そう……っ変なこと聞いてごめん! 仕事行ってきます!」
 いってらっしゃい、と最後には手を振ってくれたマリちゃんのお兄さん。ちょっと仲良くなれたかも? うう、それにしても恥ずかしいことを聞いてしまった。マリちゃんって基本的に人のことはべた褒めだけど、本人がいないところでもそうなんだね……。
 反抗期の名残みたいな髪の色だけど、マリちゃんがいつでも俺のこと見つけてくれるなら、もうしばらくは金髪のままでいいかな……とか、調子のいいことを思ってしまったのだった。

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