羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「兄貴! まだ来月の出勤日決まってない!? 次の次の週末に三連休とって!」
「何突然!?」
 珍しく弟が玄関先までお出迎えかと思いきや、突如よく分からないことを言い始めた。金土日の贅沢な三連休を取れ、らしい。どういうことだ。
「合宿! 合宿すんの、避暑地で。保護者が要るからついてきてほしい、お願い」
「えっお前未だかつて一度も部活に所属してたことねーだろ……」
「いつものメンツで行くんだっつーの! 万里の親戚だか知り合いだかのペンション? コテージ? とにかく別荘みたいなとこ貸してくれるんだけど、未成年だけだと問題だから身分証明できる保護者が必要なワケ」
「やっぱ別荘地所有してるんだ……」
「急だったからさ、万里はお前のこと気遣ってたけど。でも一緒に行きたそうだったよ。『一緒だと楽しいだろうけどわがままは言えないから……セツさんには無理しないでって伝えてほしい』みたいなこと言ってた」
「お前マリちゃんの発言捏造してねーだろうな……?」
「どんだけ信用ねーんだ俺は! 別に何も誇張してねーよ、お前恋人に遠慮させすぎじゃね?」
「はあああ!?」
 なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねーんだよ!
 でも確かにマリちゃんは俺に対してでも遠慮しがち。働いてるから、っつーのもあるんだろうけど……ちょっとくらいワガママ言ってほしいなって思うことはある。暁人の口ぶりからすると、マリちゃんが俺に伝えたかったのは『無理しないで』の部分だけだろうし。
 それを考えると、まあ、こいつがマリちゃんの言葉を変に端折らず伝えてくれたのは有難い。何より、恋人に『わがまま言えない』なんて思われてるのはちょっと情けないよな、確かに。マリちゃんは純粋に俺の仕事とか休息とかを気にかけて、心配してそう言ってくれたんだろうけど俺としてはもっとワガママ言ってくれていいのに、って思う。マリちゃんただでさえお行儀いいし。
「……これまではさ、」
「ん? うん」
「もっと時間作れだの休みの日も会いたいだの言ってくる奴とかマジでウゼーなとしか思わなかったんだけど、なんか、人って変わるもんだな……」
「超分かる。遠慮されると寧ろ『もっとワガママ言えよ!』ってなる。なんだろうなこれ、庇護欲?」
「うわっキモッ」
「は? お前の女絡みのクズエピソード万里に毎週ひとつずつ公開するぞ、ランキング形式で」
「なんでそういう発想になるんだよ!? 悪魔か!?」
「俺みたくさっぱり綺麗に遊べてなかったのが悪いんじゃねーの。せいぜい悔やめよ」
 暁人は、「それでは第十位の発表です、ドゥルルルルル……じゃんっ!」と一人で盛り上がっている。ドラムロールを口で言うな。
 っつーか昔の俺、クズエピソードで即第十位までランキングできるくらいクズだったの? マジで?
「番外編も作る?」
「やめろ……落ち込んできた」
「万里の聖人エピソードも特集する?」
「それはちょっと聞きたいかも……」
 暁人はのんきに笑っている。まあこいつは、俺と違って女遊び上手かったしな……殆ど後腐れなく割り切った遊び方してたっぽいし。それでもたまーにこじらせてたけど、俺に比べたら可愛いもんだった。
「……再来週末でいいんだっけ? 三連休」
「うん。いけそう?」
「土日休みにして金曜有休取るわ」
「ふ、万里喜ぶぜ」
「るっせ」
 俺だって喜ぶし。引率とは言え好きなひとと泊まりがけで旅行だもんな。
 実は、もう高校三年生だし受験の時期だからそんな頻繁に会えなくなるだろうって思ってた。邪魔しちゃ悪いな、とも。だから、このタイミングで三日間一緒にいられるっていうのは降って湧いた幸せ。大事にしないとね。
「っつーかお前、やけに俺とマリちゃんとのことに絡んでくるのはなんなんだよ……」
「え、口実できて嬉しいだろ? 俺も楽しいし」
「……宏隆くんとは仲良くしてる?」
「当たり前じゃん。オメーは自分の心配をしろ! 八歳年上とかすーぐジジイになって捨てられても知らねえかんな」
「お前は俺を応援したいのか落ち込ませたいのかどっちなんだよ!?」
 確かに、マリちゃんが二十歳のとき俺は二十八歳なんだよね……俺が早生まれだから二十七歳、って言い張ってもいいけど。実際どうなの八歳差。うわ、ってなるかな。今はまだよくても、二十五歳のときに三十三歳とか、三十路のときに四十手前とか、どうなの?
「いやいや何ガチ凹みしてんだよ……万里はそんなことで人間を判断したりしねーから大丈夫だって」
「し、知ってるし……マリちゃんは俺と違って心根が真っ直ぐだからね……」
 暁人は、何故かここでちょっと真面目な顔になった。「お前さ、これまでの人生ずーっと自分が『選ぶ側』だっただろ」え、なに、また女絡みでどうこうって話?
「別に、恋人同士ってどっちが上の立場とかじゃねーと思うけど。なんでそんな卑屈になってんの。『選ばれる側』になったと思ってる? 取捨選択される、って」
「はあ? 卑屈って別にそんな、お前が余計なこと言ったからじゃね……?」
「人のせいにすんな! っつーか、万里本人が言ったわけでもねーのにグラついてんじゃねー!」
「突然キレんなよ! ワケ分かんねーなお前マジで!」
 キレるタイミングも内容も何もかも謎だよ。
 お前が万里との関係に自信持ってないと万里も不安になるよ、と言われてぎくりとした。こいつはたまに、直球すぎて恐ろしい。怖いもの知らずすぎる。
「暁人は、自信があんだね」
「は? トーゼンだろ! この俺だぞ。俺が恋人とか毎日最高に楽しく過ごせるっつーの」
 ちょっとしたワガママすらスパイスだろ、とドヤ顔で主張するさまには尊敬すら覚える。こいつスゲーな、どうやったらここまで自信満々になれるんだ。
 そんな風に感想を漏らしてみると、暁人は不思議そうな顔をする。
「兄貴の育て方がよかったんじゃね? もっと誇れば?」
 あ、そういうこと言っちゃう……? それは、あの、マジで普通に嬉しいからね。嬉しくなっちゃうから。泣きそうなくらいには。
「……今度、宏隆くんとゆっくり喋ってみたいな……」
「思う存分弟自慢と恋人自慢し合ってくれていいぜ」
「お前ほんとポジティブだよね……」
 俺はこれまで似たようなことで散々不安になってきたけど、たぶんこの不安は完全に解消される類のものじゃないんだろうと思う。年齢差があるのは事実だし、俺の過去も変えられないし、マリちゃんは俺なんかには勿体無いくらいに優しい。
 不安だけど、でも、俺はマリちゃんのこと好きだから大丈夫、って言えるようになるといいな。自信満々でいるのはハードルが高くても、マリちゃんみたいにいい子が好きになってくれた俺だから……! って考えられるように心がけたい。欲を言うなら、そろそろやらしーことも解禁してほしかったり……うん……。
 ……それにしても、今になって昔嫌気が差すほど鬱陶しいと思ってた女の気持ちが分かるようになるとか正直どうなの、と思う。安心したくてセックスを求めるって……俺自身が鬱陶しい奴になってるってことじゃん。こういうのも因果応報って言うのかね。
 今はこんなに不安なのに、マリちゃんに会ったらそういうの全部どっかに飛んでいっちゃうんだろうな、とも思うから恥ずかしい。一緒にいるときがあんまり心地いいから、一人のときの寂しさが余計に浮き彫りになるというか……贅沢な話だ。
「おい、いつまで百面相してんだ」
「か、過去の自分と向き合ってたんだよ」
「ふーん? どうだった?」
「人に優しくしようと思った……」
「じゃあ手始めに風呂入れば。溜めてるから」
 なんでそれが人に優しくする手始めになるのかと思ったら、「お前がシケたツラしてると微妙だなって思う奴もいるってことだよ」とのことで。こいつ、意地でも「心配してる」って言わねえな。
 じゃあまあ、お前の心配を解消するためにゆっくり風呂で疲れを癒すことにしようかね。

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