終業式の日はどうやら部活も無いらしい。帰り道を並んで歩いているということはつまりそうなのだろう。
俺は注意深く、けれど白川には悟られないように隣を観察する。
ゆっくりと落ち着いたトーンで話す白川は、こうして見ている分には別に嫌われているとか、苦手意識を持たれているとか、そういう雰囲気は感じられない。けれどこいつは俺と二人きりのときとそうでないときとでは態度が変わるというのも事実で、もしかして今などは恋人の代わりということで雰囲気を取り繕っている可能性も否定できないなと思う。
俺だったら、どうでもいい奴とか嫌いな奴とか、遊びに誘ったりしないんだけど。
でも、白川はどうだか分からない。
そういうの全部我慢してもいいくらい、好きな奴と上手くいきたいと思ってるのかも。どうなんだろう。
というか白川はいつ告白するんだ。
俺ってほんと、こいつに何も教えてもらってないんだな……。
そんなことを考えていると、白川が不思議そうに俺を見てくる。少し歩調がゆっくりになって、一緒にいられる時間が少し増えるな、なんて恥ずかしいことを思った。
「朝倉、どうかしたか?」
「別にどうもしねえよ」
「ならいいんだけど。今日は口数が少ないな」
「えっ……そう、だった?」
普通に喋っているつもりでいた。相槌だってきちんと打っていたのに、何故だか白川は気付いてしまう。やばい、なんだかどきどきしてくる。
「風邪とかだと心配だけど……ライブの日、具合悪かったら無理しないで連絡くれよ」
「大丈夫だっつの。お前って割と心配性?」
「うん。朝倉が元気なさそうだと心配」
こいつはいつも、俺の質問の趣旨とは少しずれた回答をしてくるから困る。あんまりそういう風に言われると、自分が特別みたいな気がしてしまっていけない。
自分がこんな、誰かの特別になりたいと思うなんてまったく予想してもいなかった。
これまで俺に告白してきてくれたような女子たちは、みんなこういう気持ちを抱えながら生きていたのだろうか。なんかもう、すごすぎる。もうちょっと優しく接しておけばよかった。いや、けっして冷たくしてきたわけではないけれど、もっともっと、相手の気持ちに見合うものをたくさん返すことができていれば。今更思ったところでそれは遅いのかもしれないけれど。
「はー……まさかこの歳になってこんな後悔するなんてな……」
「え、朝倉どうしたんだ? 何か嫌なことあったか?」
「んーん。俺さ、もっと人に優しくなろうと思った」
「? お前は今も優しいよ」
「そういうこと、優しい白川に言われると照れる……」
「……朝倉も俺のこと結構過大評価してるよなあ」
困ったように、控えめに目元を和らげる白川。穏やかな表情のまま、「俺、好きなひとができて自分がかなりずるい奴だって分かったよ」と続ける。
「なに、ずるいってどういうこと」
「ん? 色々。自分勝手になったり、強引になったり、色々あるよ」
続きを聞きたかったのに、改札をくぐるときに一瞬だけ距離が遠のいたことで会話が途切れてしまった。そのまま電車に乗ると、あっという間に白川の家の最寄駅へと着く。
「じゃあ、またメールで」
「ん……またな」
白川との間は、簡単に自動ドアで隔てられてしまう。俺はどんどん小さくなっていく白川に目を凝らして、きっとメールがくるまでずっと落ち着かなくてそわそわする羽目になるんだろうな、なんて、自分の感情のコントロールの難しさにひっそりとため息をついた。
白川のメールは、きちんと句読点がついている。絵文字は使わないようで画面は白黒だ。でも、不意打ちでかわいい顔文字とかが文末にあったりする。
夕食後、そろそろ風呂にでも入ろうかという頃に届いた白川からのメールの文面は、それにすらもあいつらしさが表れていて読んでてくすぐったい気持ちになった。
ライブの開場は十八時から。ライブ開始は半からだ。軽い食事をとってから行こう、という話に落ち着いて、いよいよ白川と二人きりでライブに行くということが現実味を持つようになってきた。
メールは表情が見えないからちょっとだけ不便だ。白川のような仏頂面からでも一応感じ取れる雰囲気というのはあったんだなと意外に思う。特に、絵文字なし、句読点ありのメールはほんの少し、怒っているように思えるから余計に。だからこそ時々出てくる顔文字に癒された。
何通かメールをやりとりして、白川が最後に送ってきたメールの一番最後の行。そこに、「私服見られるの楽しみ」なんて書かれているのをじっと見つめる。
「……わざわざ服新調とかしたら、なんか終わる気がする……」
言いようのない危機感を煽られつつ、結局俺は白川からのメールがきた後も、やりとりが全て終わった後だろうと、妙にそわそわと浮き立つ気持ちを抱えたまま当日までの一週間を過ごすことになった。
もちろん、服の新調は我慢しておいた。うん、せめてもの抵抗だ。自分への。