羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「初めて好きになったの、中学のときのクラスメイトだったんだ」
「きっと素敵な人だったのだろうね」
「ふは、どうだろ……うん、きっとオレにとってはかっこよく見えたんだろうな」
 男が男を好きになった話なんて聞きたくないだろうと思ってたんだけど、何故だか春継はオレの話もちゃんと聞いてくれた。というか、興味を示してくれた。「おれがあまりたくさん話せなかったから不公平だろうか?」と照れ笑いしながら。
 こちらまで恥ずかしい。オレはもう十年以上前のおぼろげな記憶を必死で手繰り寄せながら、サッカークラブで毎日一つのことを頑張っているのが好きだったんだろうなと細々語った。春継は当たり前みたいな顔で相槌を打ってくれて、まるで、普通に普通の恋愛について話をしているみたいな錯覚に陥ってしまう。
 なんというか、好きな奴の前で昔好きだった奴の話をするって気まずいな。だからと言って今好きな奴について言及しようものなら即刻バレそうだし。
「――あ、あー、と、アンタは好みとかってあるの? どんな系統の顔が好きとかさ。可愛い系? 美人系?」
「うん? そういえばあまり意識したことは無かったなあ……そうだね、年上の方が好きだよ。お仕事でちょっと疲れていたりとか、陰があったりすると素敵だよね」
「えっなんか微妙にハードル高い……暗いのが好きってこと?」
「違うよもう。情緒が無いなあ。冬眞くんこそどうなんだい」
「オレ?」
 やばい、せっかく話を逸らしたのに……!
 即興で上手い言い訳も思いつかず、結局「ちょっと意地悪そうに笑うのとか好き……」とものすごく正直に答えてしまった。すると春継は盛大に顔をしかめたかと思えば、「え、意地悪な男が好きなのか? 趣味が悪いなあ……冬眞くんは優しいから、変な奴に利用されたりしないか心配だよ」と深刻そうな口ぶりだ。
 いや、あの、なんかごめん。アンタのことだよ。ほんとごめんね。
 思いの外恋バナのような何かが盛り上がってしまってオレは内心首を傾げる。タブー視してたのが馬鹿みたいだ。こんなんでいいのかな……こいつがいいって言ってくれるなら、いいんだろうけど……いいのか?
 そういえば、人を恋愛的な意味で好きになるのっていつぶりだろうか。
 なるべくそういうことを考えないようにして生きてきた。口先だけは『彼女いいなー、欲しいなー』と言いつつ、友達最高! なノリを装っていたというか。オレ、こう見えても結構社交的だし友達多い方だったんだよ。休みの日の過ごし方に迷うこともなかったし、高校の後半は真面目に受験勉強してた。不思議と、理解者をネットで見つけようって気にもなれなかった。ネットは怖いところだって思ってたからかな。
 別にこの気持ちを暴露する気はさらさら無いんだけど、あいにく隠し通せる気もあんまりしない。バレて気持ち悪がられて出て行かれるのが先か、それともオレがこいつを追い出すのが先か……って感じ?
 いくら偏見が無いっつっても、当事者となると話は別。自分に恋愛感情が向いてもなお悪感情を持たずにいられるなら相当凄いこと。ゲイのオレにだってそのくらいはちゃんと分かる。オレが女を好きになれないのと同じように、ノンケは同性をそういう意味で好きにはなれないのだ。
 だから、大丈夫。期待はしない。平気。
「明日も温泉に入れるだろうか……」
「気に入った?」
「もちろん! 早起きできたらチェックアウトの前にもう一度だけ入っていかないか?」
「いいな。朝早くなら人も少なそうだし」
 一通り会話も盛り上がって夜も更けてきたので、布団に潜って電気を消して明日の予定について話す。今日はたっぷり体を動かしたから明日はのんびり食べ歩きでもいいな、とか、筋肉痛になっていたらどうしよう、とか。あまりがちがちにスケジュール決めてるわけじゃないから、ああでもないこうでもないと二人で相談するのも楽しい。
 そういえば修学旅行や卒業旅行でだって似たようなことはしたはずなのに、あまり記憶に残っていない。どんな話したっけ? 上っ面だけで接してたから忘れちゃったのかな。つくづく寂しい奴だ、オレって。
「冬眞くん、眠い?」
 暫く無言になっていたからか、春継はそんな風に声をかけてきた。違うよ、ちょっとしんみりしてただけ。でもそれを口にはできなくて、「うん……」と濁すようなことを言ってしまう。
 暗闇の中、なんとなく春継が微かに笑った気がした。
「ゆっくりおやすみ。よい夢を」
 あ、もしかして気付かれてたかも。敢えて聞かないでくれた? ごめん、ありがとう。
 閉じた瞼の裏にじんわりと涙が広がるのを感じながら、オレは静かに「おやすみ」と言った。「おやすみ」を言える相手ができるなんて、幸せだ。
 あんまり幸せだから、このまま眠って目が覚めなかったらいいのになあ……なんて、ほんのちょっぴり思ってしまった。

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