羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 近い。
 なんか……なんだ、『いてくれるだけでいい』的な話をした日から、妙に距離感が近い。……気がする。気のせい?
 春継は人懐っこくて明るくはあったけれど、そうは言っても不用意に近付いたりしてくるタイプじゃなかった。きちんと名前を教え合ってからは、あの初対面のときが嘘のように線引きができているというか親しき仲にも礼儀ありを高水準で実践しているというか。まあ現状嫌な思いはしてなくて、せいぜいふとした瞬間に肩が触れるとか、その程度なんだけど。
 それでもちょっとどきどきしてしまう。悲しい性だ。
「冬眞くんは、お盆休みは帰省するのか?」
「お盆休み……あー、どうしようかな」
 一人暮らしを始めてから、なんだかんだと理由をつけて家族から離れるようにしていた。学生時代は正月に顔を見せるようにはしてたけど、それでも長居するわけじゃなかった。社会人になってからは正月の帰省すらやめた。お盆だから帰省しようとは正直思わない。
「……オレが帰省したら、アンタが一人になっちゃうだろ」
 春継には帰る場所はあるのだろうか。そんな風に思ってつい好意丸出しの発言をしてしまう。するとそいつは、眉を下げて笑うと「おれのことは気にしなくてもいいんだよ」と言った。
「おれのせいで冬眞くんがご家族の方と会えないのはいやだなあ」
「や、アンタのせいとかじゃないって……ほら、オレが一人で勝手に気まずいんだよ。恋人いないのかとか、そういうの言われる歳になってきたし」
「でも、嫌いなわけではないんだろ? 家族」
「……うん」
 家族は好きだ。何不自由なく育ててもらった。弁護士になりたいなら院で勉強を続けていい、と言ってくれたのを蹴ったのはオレ。就職と一人暮らしを選んで、いつでも帰ってきなさいと言ってくれるのを意地になって突っぱねてここまできた。
 だからこそ申し訳ないと思う。なんでオレは家族に何も打ち明けられなかったんだろう。別に、親が差別的な発言をしているところなんて一度も聞いたことは無いのに。オレが何かを頼って、拒否されたことなんて無かったのに。妹は色々相談してたみたいだし……個人差か?
「……春継は、きょうだいいる?」
「うん? どうした、突拍子もなく。おれは五人兄弟の末っ子だよ。上に兄が四人いる」
「えっマジで」
 勢いのまま聞いたけどまさか答えてもらえるとは思っていなかったのと、今時珍しい五人兄弟というのにも驚いた。男ばっかり五人か。夕飯のおかず争奪戦とか起こりそう。
「冬眞くんは?」
「オレは妹が一人……最近あんまり、会ってないけど」
「ふふ、妹君か。ご母堂はさぞ喜ばれただろうね」
 いもうとぎみ、だの、ごぼどう、だの、日常生活では聞き慣れない単語がぽんぽん飛び出してくる。母親が喜ぶとはどういうことかと思ったら、「同性の子供が一人いると話し相手になるから羨ましいとよく母が言っていたんだ」とのことらしい。なるほど。一般的には異性の子供の方が可愛いとかよく言わねえ?
「異性の子供も流石に五人もはいらないということじゃないかな?」
「んん……そ、そうかな……」
 なんとなく地雷すれすれな話題な気がしたので深くは突っ込まず、オレはまたぐだぐだと自分の家族の話をした。きょうだい差別も無く、豊かに育ててもらったのにどうして相談できなかったんだろう、と。妹は、やれ部活だ受験だ友人関係だとよく親に相談していたようで、両親共に親身になって話を聞いていたのをうっすら覚えているから余計にそう思う。
「冬眞くんはきっと、家族のことが好きだから言えなかったんじゃないかな」
「え?」
「心配かけてしまうって思ったのかもしれない」
「あー……オレのせいで家族まで一緒くたに差別されたらどうしよう、ってのは今でも思うけど。バレたらロクなことにならねえだろうし」
「それでずっと隠してきたのか?」
「まあ、そういうことになるかな。話したの、アンタが初めてだよ」
 それは光栄だな、と囁くそいつ。「……別に、アンタのことがどうでもよかったから話したってわけじゃねえよ?」「でも、最初から知り合いだったらきっと話してはくれなかっただろう」うぐ、そこを突かれると痛い。
「別におれは気にしていないよ、大丈夫。行きずりの相手の方が話しやすいことというのもある」
「で、でも……今はもうそうじゃないけど、色々話したりするし」
 何故だか春継はここで笑った。「なんだか、随分と懐かれたな」それはこっちの台詞なんだけど?
「会いたいなら帰ればいいし、会いたくないなら帰らなければいい。それだけだよ」
「うん……」
 いずれ、カミングアウトしなければならないときがくるのだろうか。
 孫の顔を見せてやれないことは確定してるんだけど、もしかしたら……って思い続けるのと最初から望みが無いと知っておくのと、どっちがダメージでかいだろう。
「……春継」
「うん? なんだい」
「もしさ、お盆休みに予定無かったら一緒にどっか行こうよ」
 きょとんとされてしまった。「もし、アンタに帰省の予定がなければでいいから」オレばっかり不公平だろ。アンタだって、家に帰れるほど踏ん切りついてないんじゃねえの。
 オレの言いたいことを察してくれたらしいそいつは「こりゃ一本取られたなあ」と苦笑いする。
「帰省の予定はありません。……これでいいかな?」
「うん。金はオレが出すから」
「半分は出世払いするよ」
 なんなんだよ出世払いって。宝払いみたいな? アンタは一体いつまでオレと関係を持ち続けてくれるつもりでいんの。
 幸いというか生憎というか、恋人がいたことがないのでこれまでの人生交際費に多大な金額はかかっていない。ここらで気前よく使ってみるのもいいだろう。ヤケ酒に消えるよりよっぽど贅沢な金の使い道だ。
「どこ行きたい?」
「そこは、冬眞くんの行きたいところにするべきじゃないか?」
「アンタも半分金出してくれる気でいるんだろ、だったら対等じゃん。まあ、いつになるかは謎だけど?」
「不安なら借用書を作っておこうか」
「バッカ、いらねえよ。別に恩を着せるために金出してるわけじゃなくて、アンタがいると楽しいからオレが好きで出してるだけ」
 春継は恥ずかしそうに俯いた。そして、「……遠くへ行きたいな」と小さく呟く。
「遠く?」
「ここではないどこかへ」
「……オレの家じゃ不満かよ?」
「冬眞くん、せっかく恰好よさそうなことを言ったのだから台無しにしないでね」
 なーにが『ここではないどこかへ』だ。ポエマーか? まあ悪くないけどさ。
 きっちり付き合ってやるよ、逃避行。

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