羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「トリックオアトリート! 今日の夕飯なに?」
 ハロウィンなので入店時の挨拶をちょっと風変わりにしてみると、高槻は呆れたような顔でキッチンから出てきて「お前甘いものそんな食わねえだろ……今日はチキンのグリル」と呟いた。ラストオーダーぎりぎりに来てしまったから他に客はいない。代わりに、レジ横には普段なら置いていないような市販のお菓子が並んでいた。
「どしたのこれ」
「あ? あー、ハロウィンだから近所の子供がお菓子くれって言って来てたんだよ。手作りは流石に無理だから用意しといた」
 昼間はそれの対応もありてんやわんやだったらしい。お友達の家とかならともかくこんな一般の店舗にまで来るの? と聞いてみると、地域ぐるみでハロウィンのイベントが行われていて、この店はスタンプラリー企画のチェックポイントになっていたのだそうだ。こいつ、学校行事とかは凄まじく付き合い悪かったのにこういうのはできるのか……やっぱお客さんの前だと猫かぶってんだろうな。
 あとはまあ、こいつは基本的に子供が好きなのだ。単純な話である。
「高槻はもう飯食ったの?」
「や、まだ」
「じゃあ一緒に食おうよ。片付け手伝うよ」
「いや手伝いはしなくていい。一緒には食うけど」
 えっひどくない!? 割とショックだったけどオレの家事能力に一切期待ができないことは確かなのでおとなしくカウンターに座る。「お前明日仕事は?」と聞かれて、「昼から。っつーかプチ出張だから出社はしないで直行」と答えた。どうしたんだろ?
 十数分待って料理が二人分運ばれてくる。と、高槻はまたキッチンへと姿を消した。また十数秒待って、再度現れた高槻が手に持っていたのは。
「お前は甘いのよりこっちがいいだろ」
「うわっマジで!? ありがとー!」
 出てきたのはビールだった。確かにこっちのが嬉しいわ。どうりでなんか、酒のつまみっぽいのが多いと思った。別にこのくらいのアルコールじゃ次の日に残ったりはしないけど、ちゃんと聞いてくれるところがいいなと嬉しくなる。オレもこいつも酒にはかなり強い方だ。あー、楽しくて久々にいっぱい飲んじゃいそう。
 互いのコップに酒を注ぎあって乾杯する。定期的に会っているとは言っても、酒が入るとまた進む話もあってとてもいい時間を過ごせた。料理も美味いし最高。
「はー、なんかすごいおもてなしを受けてしまった。ありがとう」
「ハロウィンだからな」
「ハロウィン感はあんまり無いけどねー」
 ビールだし。高槻はそれを聞いてちょっと笑うと、「かぼちゃチップス作ったからそれで許して」と言った。あー、なるほどかぼちゃね。美味いねこれ。高槻はカマンベールチーズのフライをつまんでいる。ふわりと甘い匂いがするのでなんだろうと思って聞いてみたら、チーズははちみつをつけて食べると美味しいのだそうだ。すげー甘そう。
 というか「許して」って。オレの方がこんな営業時間ぎりぎりに乗り込んで許してって感じだけど。
 だらだら飲んでたらいつの間にか更に一時間以上経っていて、そろそろ帰らなければと高槻にお礼を言う。「ごちそうさま。美味かったよ」高槻は嬉しそうだ。なんかほんと、美味しいって言うだけでこんな喜んでくれるのかわいすぎない? ずるいと思う。
「実はさー、イベントにかこつけてお前の料理食いたかっただけなんだよね」
 高槻はちょっと驚いたような顔をした。そして、「割と頻繁に食ってるだろ」と笑う。
 うん、自分でもそう思う。実はさっきの、真実をちょっとぼかして言っている。ほんとはなんだかんだ理由つけてお前に会いたかったんだと思うよ、きっと。
 なんだかいまいち自分の感情すら説明できなくなってきてるけど。おいしい食事で腹が満たされていて何より高槻は笑ってるから、今はこれでいいかな、とオレは思った。

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