羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「お菓子は無いからイタズラさせてやってもいいぜ!」
 斬新すぎる台詞を発して笑っている由良に、俺は気の利いた返しが何も思いつかなくて沈黙してしまった。どうしたの、由良はいたずら希望なの?
「んだよ無視? ノリわりーな!」
「ご、ごめん。えっと、由良はイベントを大事にしたい派……?」
「騒ぐ口実ができるのが嬉しい派!」
 即答だった。由良は楽しいことがすきだから、確かにこういう行事はしっかり押さえてくるタイプなのかも。女の子と付き合うときも、一ヶ月記念とかクリスマスとか忘れないで色々してくれそうだよね。
 最近ちょっと気持ちに余裕が出てきたのか、由良の異性絡みのことでもやもやした気持ちを抱えることが少なくなった。由良はこれまで女の子からのお誘いをちゃんと断ってくれていたけれど、流石に一対一とかでなければいいよねと思えるようになったのだ。これまでとても付き合いのよかった由良が突然全部のお誘いを断ったりしたら怪しまれてしまうし、何よりあまり俺のわがままで由良の交友関係を狭めたくなかったから。由良は「恋人がいるっつって断ればよくね?」となんでもないことのように言ってくれる。それはとても嬉しいけれど、変な詮索とか質問責めとか、そういうのを由良が受けるかもしれないのはいやだなって思うからそれは言わないでって俺がおねがいした。
「急に言われてもいたずらって思い浮かばないねぇ。んっと、どうしようかな」
「エロいことでも可」
「ううう、やめてよぉそれ考えないようにしてたんだよ」
 由良は近頃とっても積極的。元からそういうことにオープンだったけど、あの日お互いのものを触りあいっこしたときから何かしらふっきれてしまったらしい。未だに踏み出せない俺とは大違いだ。由良は優しい。「イタズラする」じゃなくて「イタズラしていい」と言う。俺の意思に任せてくれてる。いつでも受け入れる準備はあるよって、それだけ伝えようとしてくれる。
「由良、目つむって」
 小さく言うと、由良はおとなしく目を閉じてくれた。そのままちょっと待っててね。そっと立ち上がって「ある物」を取って戻ってくる。由良の顎の辺りに手を添えて、右手を六回動かした。
「……おい、何しやがった」
 あ、不機嫌にさせちゃったかな? かわいいよ。
「ハロウィンだから、えっと、ねこのひげ描いちゃった……」
 ほっぺたに三本ずつ、マジックで線を引いた。とてもかわいい仕上がりで俺としては嬉しかったんだけど、由良はというと「テメッ俺の顔はじゆうちょうじゃねーぞ!」と抗議の声をあげている。うーん、怒っててもねこのひげのせいでかわいいだけだね。
「あーもう、マジック貸せよ俺も描くから」
「いいよー、かっこよくしてね」
「マジックで落書きしてどうかっこよくなるんだよ! あ、フランケンシュタインにしよう。あのなんかツギハギみたいな」
 さっきまで怒っていたのにもう楽しいことを見つけてはしゃいでいる。そういうところがほんとにすき。
 結局俺の顔も盛大にアートな落書きをされて、二人でたくさん笑って、顔を洗うときに「油性だからうまく落ちない」ってまた笑った。帰るときにどうしようなんて思ったけれど、そんな風に悩むことすら由良と一緒ならとてもわくわくして、幸せなひとときだった。

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