羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 その日、奥はケーキの箱を片手におれの家へとやってきた。
「お菓子あげるから悪戯させて」
「うわっ……薄々言うんじゃないかとは思っていたけれどまさかほんとうに言うなんて……」
 にっ、と笑って「期待してた?」と言うそいつに「歪んだ解釈をするな。まあ……甘いものは好きだからいただくけれど」と返す。お菓子に罪は無いからな。今日はハロウィンだからなのか、かぼちゃをモチーフにしたかわいらしいケーキが箱に入っていて思わず顔が綻ぶ。
「うん。悪戯は冗談にしてもお前かぼちゃ好きだろ。食うかなと思って」
「ありがとう。お茶を淹れてもらおうか」
「ストップ。紅茶持ってきたからそっちにしようぜ」
 やけに準備がいいなあ。有難くいただくことにする。プラスチックのフォークで、ちょっと行儀が悪いけれど箱を開き平面にしてそこから直接ケーキをつつく。奥と一緒のときでないとこういうことはしない。普段だったら絶対にできないようなことを二人きりでやるのは、大切な秘密を共有しているみたいでちょっとわくわくする。水筒の中のミルクティーは温かくて、最近の急な寒さにまだ慣れないおれには嬉しい。
「美味い?」
「おいしいよ。ありがとう」
「お前、こういうイベント事に乗っかるの好きだよなあ……」
「うん? おまえ、バレンタインは製菓会社の策略だとか言ってしまうタイプか?」
 おれは割とそういうのが好きなのだけれど。みんなで同じものを共有するのは楽しい。あれはイベントの内容自体よりも、みんなが同じイベントで楽しんでいる、ということが楽しいのだと思っている。だからおれは土用の丑の日にはうなぎを食べるし、冬至にはゆず湯に入るし、ポッキーの日にはポッキーを食べる。最後は、美影さんに教えてもらったことだ。
「いや別にそういうわけじゃねえけど……っつーか、バレンタインって誰かが惨殺された日とかじゃなかったか……?」
 そのまま、なんとはなしに「知らなかった方がよかった雑学」について話に花を咲かせる。ケーキを食べ終えた頃、奥は水筒を片付けながらゆっくりと「俺は、お前みたいに行事を毎回大切にしてるってわけじゃねえけど、」と声をあげた。
「お前はこういう日って楽しそうにしてるから俺も嬉しいし、一緒にイベントに乗っかるのも悪くないと思う」
 おそらく一人では行事にあまり関心が無いのであろう奥は、そんな風に言ってくれた。だからおれも正直に、「おまえが一緒にいてくれるから、更に楽しいよ、おれは」と伝えておく。
 ちゅ、と軽くキスされた。「……やっぱ悪戯したくなってきたかも」ううん? それは予想外だな。お菓子が足りないなら何か持ってこようかと言ったら拗ねられてしまうだろうか。
 あんまり怖くない悪戯だといいな、と思いつつ、おれはまあるい瞳でこちらを見る奥に、「少しだけなら……」と囁いた。

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