羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 その話を教えてくれたのは、同じクラスで片桐と仲がいいらしい金髪ヤンキーだった。
「佑志のとこの花屋、店仕舞いすんだってね。お前行ったことあんでしょ? 残念だったなあ」
「……は? 店仕舞い?」
「あれ、坂下聞いてない? ほら、二年くらい前駅前に割とでかい花屋できたじゃん。わざわざ商店街の中まで入ってきて品揃えもぱっとしない店で花買ってく奴とかいねーんだわって佑志言ってた。商店街自体もうかなり寂れてたもんなー」
 イツキ様というあだ名にはとっくに飽きたらしいそいつの残念そうな口調に指先が冷える。いつだったか、何故自分のところの店で花を買ってくれるのかと言ったあいつの表情が思い出された。
 確かにあまり客がいないなとは思っていた。というか、商店街自体人通りが少なかった。シャッターが下りている店も割とあって、きちんと認識していたはずなのにオレはあいつと二人きりで喋れることが嬉しくてそこまで気が回っていなかったのだ。
 どう返事をすればいいのか分からなくて、だから目の前でクラスメイトが話の続きをし始めるのを黙って聞くことになる。追加で耳に飛び込んできたのは、更にびっくりする情報だ。
「最近常連客がついたってあいつ嬉しそうだったのになあ。みんな応援してたのに」
「常連客?」
 応援って何がだ? そうオレが尋ねるより先にそいつは気を取り直したように笑う。
「そ。いつも佑志が店番やってるときに来てくれるんだって。っつーか坂下もあいつと仲良いし聞いてるっしょ? なんでもその常連客の子のこと、佑志ずっと好きだったとか」
 ――は? おい今なんつった?
 可能ならクエスチョンマークを十個くらい並べたいレベルの発言が投下されて混乱する。あいつが誰を好きだって? 何を言ってんだこいつは? あいつが店番をしてるのは水曜日だけだっつーのはあいつから聞いてる。学校が終わってあいつが店番に立って、閉店作業に入るまでの短い時間に来る客なんて限られてる。おまけにその片桐が好きな誰かとやらは最近常連になった奴らしい。
「――――。あ、あー……知ってる知ってる。確かに聞いたわ。あれだろ、黒髪ロングの」
 試しにめちゃくちゃ知ったかぶりをしてみると、そいつは「え、坂下はそこまで教えてもらってんの? あいつ頑なに口を割らないからさー、外見とか一切謎! 店まで見に行こうとしたらめちゃくちゃキレるし」とあっさり言う。
「あ、でも告白する予定は無いらしいじゃん?」
「そ……れは、聞いたこと無いかも……あったかも……」
「坂下の記憶曖昧すぎじゃね……なーんか、入学してすぐくらいのときからずっと気になってたらしいよ。最近やっとまともに喋れるようになったって言ってたんだけどなあ。あいつあんな見た目のくせに案外奥手だね。花好きだし」
 ちょっと待てマジでそれは誰だ。物凄く都合のいい解釈をするとどう考えてもオレなんだけど、あいつオレの名前知らない感じの対応だったよな? めちゃくちゃ初対面ですってツラしてたよな? そもそもあいつとは、あのたんぽぽ事件以前はまったく接点無かったはずだし。
 色々と謎な部分が多いが、これは一刻も早く行動した方がいい。オレは立ち上がって四組へと急ぐ。えっどこ行くの……という呆れたような声が背後から投げかけられた気がしたが、悪い、応えている暇は無さそうだ。



 片桐を捕まえて、人気の無いところを目指したらいつの間にか校舎の外れの焼却炉横へとたどり着いていた。片桐は何が何やら分かっておらず混乱している様子だ。意を決して「……なあ、お前のお母さんのお店さ、」と切り出すと、そいつは一瞬ひるんだような表情をした。
 ここは店ではないからこいつはエプロンをしていないし、ピアスやアクセサリがじゃらじゃらしている。それだけ見ると脱色した髪の毛も相まって少しだけ怖く感じるけど、オレはもうこいつの優しさを知っている。
「あー……悪い、言いそびれてた。今月いっぱいで閉めるんだ」
 本人の口から聞いてしまうと、現実がずっしりとのしかかってくる気がする。うまい言葉が思いつかなくて、第一声は「……そっか」とだけようやく言った。
「な……何暗くなってんだよ! 元々おふくろの趣味みたいなもんだったんだって。親父は普通に働いてるから金は心配ねえし、おふくろなんて寧ろ『長期で休めるから旅行したい』とか言ってるくらいで」
 ムリに明るさを装ったみたいな声音に余計悲しくなった。こいつがピアスを外して、厚手のエプロンをつけて、楽しそうに花について語るところをオレはもう見られなくなってしまうのだ。
「……来年も、母の日の花、お前に選んでほしかったな」
 母の日に花なんて贈ったことなかったのに、こいつが選んでくれたものなら無根拠にも喜んでもらえる気がして嬉しかった。そんな気持ちを込めて言うと、片桐は少し困ったような、怒ったような不思議な表情でオレに笑う。
「……お前はそうやって、特に深い意味もなく言ってるんだろうけど」
「え?」
「いや……あの、坂下はさ。なんで俺に選ばせてくれるんだ」
 俺の意見を聞いてくれるし喜んでくれるのはなんでなんだ、と言われたので、「そりゃ、オレがお前の意見を聞きたいって思ってるからだよ」と単純な答え合わせをする。
「お前がいいなって思うものを知りたいし、オレもそれをいいなって思えたら嬉しいんだって」
「だ……だから、それがなんでなんだ。お前そんな、いちいち人の意見に左右されながら買うもの選ぶタイプじゃねえだろ」
 確かに。でもちょっとずれてるよお前。
「人の意見っつーか、お前の意見になら左右されてもいいかなと思う」
「……っ、なんで、そんな」
「もう白状するけど、実はオレ花がそこまで好きってわけじゃなかったんだよ。別に普通。普通に綺麗ってだけ。でも、お前に出会ってから好きになったよ」
 ピアスがきらりと太陽光を反射する。そいつの唇が震える。熱のこもった視線に確信する。
 なあ、お前もしかしなくてもオレのこと好きだよな?
「お前の友達から聞いたけど、お前、好きな奴いるんだって? なんで教えてくれなかったんだよ」
「はあ!? な、な、何言って」
「店の常連さんなんだろ? お前が店番してるときに来てくれるとか。随分前から狙ってたらしいけど、喋れるようになったのは最近なんだってな」
 ぷるぷる震えて真っ赤になっているそいつは恥ずかしいのかそれともオレの意地の悪い問いかけに怒っているのか、金魚みたいに口をぱくぱくさせていた。あーやべえ、めちゃくちゃ優越感。勝ち確の勝負ってなんでこんなに楽しいんだろう。
「――オレ、一体いつからお前に狙われちゃってたの?」
 我ながら最高に性悪な台詞になってしまった。片桐は色々我慢できなくなったようで、「う、うるせー! 悪いかよ、好きになっちゃ悪いかよ! 仕方ねえだろ好きになっちまったんだから!」と吠えている。うーん、今ならシベリアンハスキーも豆芝みたいにかわいいかも。
「色々謎なんだけど、オレあのたんぽぽのときがお前と初対面だったよな?」
「……そうだけど」
「お前もオレのこと初めて知りましたって感じだったろ?」
「は? そんなことねえし。前から知ってたし。……っつーかなんでこんなこと言わなきゃなんねえんだよ……気持ち悪いなら気持ち悪いってさっさと言えよ……」
「どうどう落ち着け。いやだって、お前オレの名前すら知らなかったじゃん。初めてお前の店行ったときも、名乗ったのに覚えてなかったし」
 どうしても納得いかなかったので重ねて聞くと、そいつはいかにもしぶしぶといった様子で「あれは……ただ、覚えてないふりしただけだし」と白状した。
「……演技?」
「まあ、そう」
「――えっ、お前演技とかできたの!?」
「俺のことどんだけ頭悪いと思ってんだてめぇは! んっとに失礼な奴だな!」
 曰く、名前なんて最初から知ってた。一回名乗られただけで名前覚えてたりしたら不審がられるかと思ってすっとぼけただけ。初対面のとき喧嘩売るような感じになってしまったのは緊張してたからと、あとはマジで花を踏みかけてたのに焦ったから。

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