羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「オレの名前、知ってたの?」
「うん」
「……もしかしてそれ以外のことも?」
「…………、二年一組。よく保健室前のロータリーが掃除当番になってる。帰宅部だけど、走るの割と速い。半年くらい前に学校でルービックキューブ流行ってたとき、『こんなのパターン覚えりゃ楽勝』っつって解いてた。意外と漫画も読む。ジャンプ派だろ? あとは……」
 うわっこいつ思いの外オレのこと知ってるじゃねえかオレのこと大好きか? と喜んだのも束の間、続くそいつの言葉に冷や水を浴びせられたような気分になる。
「……お前は、俺らみたいな奴のことは嫌い」
 驚いた。そこまでちゃんとオレのことを見ていたのか、こいつは。きっとオレが、不良だのヤンキーだのを見下していたことを指してそう言っているのだろう。でも、いや、今は違うってこと、ちゃんとこいつは分かってくれてるんだろうか。
「お前、去年の五月くらいにもやっぱりあのロータリーでつつじの手入れしてた。誰も見向きもしねえのに、通りがかった保健医になんでそんなことしてんだって言われても『だってこっちの方が綺麗だし』って。だから俺もお前がいない隙にちょっと手出ししたんだよ。全然水が足りてなかったから足してやったら大分元気になったんだ。そしたらちょっと経ってから同じ場所でまたお前を見かけた。めちゃくちゃ綺麗になってる、って喜んでて……そこまで喜ぶかよってなんかすげえ嬉しくて……それで好きになった」
 思い出した。
 そうだ、確かにオレは去年も似たようなことをした。萎れて茶色くなった花が憐れで、せめて人目につかないうちに処分してやろう……と掃除のついでに間引きした。そしたら後日改めて見たつつじは見間違いかと思うほど綺麗になっていて、オレは喜んだのだ。オレの間引きの賜物だと。全然違ったじゃねえか。こいつのお陰だったのかよ。
「ずっと見てたから、お前が俺らみたいなののことよく思ってないのはちゃんと分かってた。だから、お前とまともに知り合ってからも学校じゃあんまり会わないように気をつけてた」
 俺こんなだし、と耳元のピアスに手を伸ばすそいつ。急にやめたら友達に理由を聞かれてしまうだろうし、うまく誤魔化せる気がしなくてやめられなかったんだとか。途中まで不自然なくらいエンカウントしなかったのはそのせいかよ。
「……だ、だから、あの日名前聞かれると思ってなくて、変な反応になっちまったっつーか」
「あっそういうこと? あー、そういう……なるほど……」
「絶対、無視されると思ってた……」
 え、お前の中でのオレのイメージひどくない? そんなんでよく好きになったな?
「花を大事にできる奴はいい奴」
 単純すぎる。でもこいつの頭が単純でよかった。
 気を取り直してオレは片桐の方へとにじり寄る。身長、同じくらいかこいつの方がほんのちょっと高い。よく見たら髪の根元の部分がほんの少しだけ黒くなっていて、こういう奴ってどんだけ頻繁に髪染めてんだろうなと関係の無いことを考えてしまう。
 どうかもう一度笑ってくれないだろうか、と思いながら、口を開いた。
「お前はさ、オレのこと色々知っててくれたみたいだけど」
「ん? う、うん」
「オレ、実は最近週刊誌派から単行本派になったんだよ。知ってた?」
 知らなかった、って顔をするそいつが分かりやすくて思わず笑顔になる。「漫画の代わりに花を買うようになったからなんだけど」と言葉を続けた。
「好きな奴の実家が花屋でさ、水曜日だけ店番してんの。エプロンつけてるのいつもと雰囲気違ってかわいいし、二人っきりで喋れるし。足繁く通ってたらいつの間にか常連になっちゃった」
 何を言われているか消化しきれてないですとそいつの顔に全部書いてあったけど、一度暴露してしまえば全てぶちまけるのにそう時間はかからない。オレがいつまでも黙ったままなのはフェアじゃないだろう。この、むずむずした気恥ずかしさと嬉しさと早く共有したい。
「初めて声かけられたときは『なんだこいつ』って思ったし、名前も知らなかったけど。……道端に適当に咲いてる花のことも気にかけてて、めちゃくちゃ優しそうに笑うからギャップにオチた。すぐ名前聞いたのに名字しか教えてくれなくてちょっとへこんだ」
「お、お前、お前っ、何、そんな、ふざけてんのか」
「ふざけてねえよ。……そいつの名前、片桐佑志くんっつーんだけど。お前知ってる?」
 片桐の鼻先数センチのところで囁くと、蚊の鳴くような声で「知ってる……」と言われた。そりゃそうだよ、お前だもんな。
 こいつを好きになって、脱色頭の奴らも十把一絡げにろくでなしばっかりってわけじゃないということに気付くことができた。最初はいい印象を持っていなかったことは否定しないけど、今はそういうわけじゃない。今は普通に喋ったり、物の貸し借りをしたりできてる。そんな事情もちゃんと説明してみると、そいつは突如勢い込んで尋ねてくる。
「え、じゃあお前『花が超好き』って言ってたのは」
「お前人の話聞いてねえな? だからあれは方便だって。めちゃくちゃ下心込みだったわ。あ、でも別に嫌いなもんを好きって言ったわけじゃねえよ? っつーか今はちゃんと好きだし。お前に教えてもらってちょっと詳しくなっただろ?」
「嘘だったのかよ!」
「嘘じゃねえっつったろ。好きな奴の好きなもんは好きになるだろ普通に」
「…………! ……っ知るか! 馬鹿!」
 バカ呼ばわりされてしまった、くそう、納得いかねえ。
 片桐はさっきから顔が真っ赤で、視線をうろうろさせてて、完全に挙動不審だ。そういうところもかわいいと思ってしまう辺りもう完全に頭がヤられちまってるっぽい。
「なあ、オレ告白したつもりだったんだけど」
「……っ」
「オレの予想だと両想いなんだよなあ」
「……だ、から、どうした」
「――悪い。ちょっと意地が悪かったな。……お前のこと、初めて会ったときから好きだった。オレもちゃんと『好き』って言われて安心したいから、返事聞かせて」
 今まで気付かなかったけど、こいつの虹彩めちゃくちゃ綺麗だな。ちょっと瞳の色素が薄いからよく見える。
 ぼんやりそんなことを考えていたら、唇に軽い衝撃。ふにゅっ、と柔らかい感触にキスされたのだと気付いて二度衝撃。「お、俺なんて、初めて会う前から好きだったし」マジかよ、そりゃ負けたわ。今のでますます好きになっちゃった。
「花、お前さえよければこれからも俺が選ぶけど……」
「え? でもお前の家……」
「あー、俺今度から駅前の花屋でバイトすることになったから」
「それいいのかよ!?」
「うん。おふくろ、あの花屋が潰れたらもう一回店やるっつってたし」
 やばい、オレが勝手にしんみりしてたのがバカみたいだ。すげえパワフル。まあ、こいつを安心させるための冗談なのかもしれないけど、何にせよこいつは随分と親から大事にされているらしい。オレも負けないように頑張らねえとな。
 もう完全に授業をサボってしまった時間だったので、開き直ってオレからもキスをする。なんかこいつの唇めっちゃ柔らかくね? ふにゅふにゅじゃん。気持ちよかったので好き勝手ふにゅふにゅしていると、「てめっ調子乗んな」と抗議の拳が飛んできた。あ、全然痛くねえわ。手加減ありがとう。
「……っつーかお前、いつから気付いてた? 俺が好きだって」
「ついさっき」
 正直に答えると何故だかほっとされたので、理由を聞いてみる。どうやらこれまでこいつが選んでくれた花には色々とそういうアレな意味が込められていたらしく、オレが花言葉に疎いというのを知っていたこいつは後半かなり大胆な花選びをしてくれていたんだとか。
「……いいこと聞いちゃった。実はこれまで買った花全部押し花にしてとっておいてあるんだよな」
「えっ……!? な、なんで!?」
「好きな奴から手渡されたものだから。オレって健気だろ。惚れ直した?」
 あっでもオレ花を見ただけじゃ名前分かんねえわ。痛恨のミス。全部スクラップしてるから家来たときに隣で解説してくれと言ってみたら「絶対に絶対に絶対に嫌だ」と返されてしまう。「絶対」って三回も言ったよこいつ。
「うわー、ショック受けた。ショック受けたからもっかいキスしていい? なんかお前の唇めっちゃ柔らかいな」
 ぺちっと額をはたかれる。片桐はジト目で耳まで真っ赤だ。「……つつじの花言葉だけ教えてやる。つつじの花言葉は『節度』と『慎み』だ。お前もつつじのように節度を持て馬鹿」つつじのような節度ってなんだよ? 訳が分からん。というか、花言葉って絶対適当に決めてるよな。沢山ありすぎだし。
 釈然としないものを感じつつ、オレはせめてそいつを抱き締めておくことにする。文句は言われなかったので続行。そして、何の気なしにつつじの花言葉を自分でも調べてみた。スマホ万歳だ。
 流石に覚えたぜ、同じ花でも花言葉に色々種類があるってこと。
 適当に、最初に目についたページを開く。
「……ふーん?」
「な、なんだよ」
「べっつに。お前やっぱかわいいわ」
「何がだよ!? 目ぇ腐ってんなお前!」
 視力一.二だから腐ってねえよ。そのご自慢の視力で見たサイトのページには、でかでかと「初恋」「恋の喜び」って書いてある。なるほどね。もひとつついでにたんぽぽ。こっちはなんと「愛の神託」だった。神託って随分大きく出たな。
 こんなの普段は絶対信じないけど、今だけはあの出会いを神の思し召しみたいなモンだと思っててもいい気がした。オレの腕の中でおとなしくなってしまった片桐はかわいいし、真っ赤な耳はなんかエロいし、かわいいし。
 それに、なんてったってばっちり初恋実ったしな!

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