羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 それから、オレは毎週水曜日にそいつの店に通うようになった。行くたびに百五十円、高いときでもせいぜい二百円の買い物をする。ジャンプより安い。ジャンプを買うのを我慢すればもうちょいたくさん買えるのでは、と気付いたので単行本派に切り替えて、ひと月に一度だけは予算五百円くらいで小さなブーケを作ってもらうようになった。そして、そのたびにオレの名前を書いた手書きの領収書を貰った。
「あっ」
 花屋に通うようになってから三ヶ月が経った頃。オレは帰り際、校門のすぐ横でたむろしている不良グループの中に片桐がいるのを見つけた。あいつもオレを視認したらしく小さく声をあげている。そういえば、学校で会う機会はどうしてか殆ど無かった。
 無視はしたくないし、かと言って他の奴らもいるしどう反応すべきか……と思っていると、不良仲間らしき奴らが「何、知り合い?」と片桐に尋ねる。片桐は特に否定もせず、きっと無意識で、とんでもないことを言った。
「あー、うん。『坂下樹』様……」
 やべーなこいつ、敬称までワンセットでオレの名前だと認識してやがる。そうオレが思うより先に、「なんで様付け!?」と周りの奴らに爆笑された片桐が自分の失態に気付いて「ち、ちっげーよ!」と喚いていた。何も違わねえだろ。
「……別に様付けで呼べとは言ってねえけど……?」
「知ってるっつーの! 馬鹿! 今のはあれだ、何かの間違いだ。忘れろ」
「次からは呼び捨てでいいから」
「次なんてねえよ!」
 ……とかなんとか。
 その日を境にオレは何故か不良グループの奴らから「イツキ様」と呼ばれるようになった。なんでだよ。
 しかも、当たり前だが特に敬意はこもっていない。「あれっ、イツキ様じゃん」「イツキ様ジャージ貸して! 洗濯して返すから!」「イツキ様掃除当番代わってくんね!? 今度は俺が代わるからー!」エトセトラエトセトラ……要するにちょっと面白いあだ名くらいの認識だった。片桐とよくつるんでてオレと一緒のクラスの奴とかからも気安く様付けで呼ばれるという色々矛盾を感じる事態となり、どうすればいいか分からん。片桐は周りに与える影響が割と大きい方らしい。
 なんとなくヤンキー共に対するイメージが変わった。あいつら、偏見抜きで接すれば割と普通だ。というか、片桐が所属してるグループが割とマトモなのか? リーダー格の、無駄に偉そうだと思ってた奴はただちょっと言動がガサツなだけだった。間違っても、恐怖で支配するような成り立ちの集団ではなかったのだ。
 不幸中の幸いとでも言おうか、それ以来学校でも片桐とちょくちょく会話ができるようになったのは喜ばしいことだ。でもやっぱり花屋で会う二人きりのときのあいつの方がかわいげがある感じ。仲間の前じゃかっこつけたいんだろうか。
「坂下はさ……なんで俺んとこの店で花買ってくれるんだ」
「ん?」
 水曜日、オレはいつも通り花を買っていた。毎週のように買うので父親が一輪挿し用の花瓶を用意してくれて、リビングの出窓に飾ってある。花がちょっとくたびれてきたら押し花にしておく。花なんて全然興味無かったけど、好きな奴の好きなものを大切にするというのは悪いことではない。そう、うっかり好きになってしまったから。
 どう見ても男だけど何故か好きなんだよな……と思いながらそいつを見ていたのがいけなかったのか、投げかけられた疑問に間抜けな相槌を打ってしまった。
「お前電車通学だろ。わざわざ家の近くじゃなくて学校の最寄り駅で買う理由なくね? それに、駅前にもういっこ大きな花屋あってそっちのが品揃えいいし……」
「え、お前なんでオレが電車通学だって知ってんだ?」
 質問に質問で返すな! と顔を真っ赤にして怒られた。何照れてんだ? かわいいな。
 なんで他のとこで買わないのかって、そりゃオレは花が買いたくて通ってるわけじゃなくてお前に会いたいだけだからな。と、まあ、そんなことをバカ正直に言うわけにはいかないのでなるべく好印象を与えられるような理由付けを考える。
「確かに花買うだけなら他のとこでもいいけど、オレはお前から買いたくてここに通ってんだよ」
「ど……どういう意味だそれ」
「ほら、片桐は色々豆知識とか教えてくれるし。花言葉とか? オレそういうのよく分かんねえけど、気にする奴は気にするだろ。初めてここ来たときも色々考えてあの花薦めてくれたんだなって分かったから、また来たくなったんだよ」
 嘘は言ってない。これはオレの正直な気持ちだ。ただ、肝心なところをぼかしただけ。
 片桐は無言だった。唇を尖らせて、「………………物好き」と言ったかと思えばじわじわ頬を赤くする。こういう態度は珍しい。いつもだったら、キレながら照れるみたいな無駄に器用なことをするのに。
「おもしれー顔になってんぞ」
「んっだとてめぇこら」
「どうどう。本日のおすすめはなんですか」
「コスモス……ダリアとか、キキョウとか、一輪でも派手なやつ」
 こんな、いかにもガラの悪そうな奴の口からかわいらしい花の名前が次々と飛び出すさまは見ていてなんだかくすぐったいような、オレだけの秘密にしておきたいような、不思議な気持ちだ。
「色々種類があるんだな」
「おう。好きなの選んでいいぜ」
 こいつが八重歯を見せて笑うときの屈託のなさが好きだ。バカで沸点低いけど真っ直ぐ。道端に、雑草みたいにして咲いてる花のことを気にかけているというギャップがいい感じ。こいつの反応を見るに、足繁く通い詰めた甲斐があったのかオレの印象は悪いものではないと思う。っつーかお前オレのこと割と好きだろ? 正直に言ってみ?
「なあ、片桐が選んで」
「え、俺が? なんでだよ。お前が買うんだぞ」
「お前がどういうの好きか知りたいから」
 睨まれる。あれ、今のはちょっとキモかった? 失敗したか。かと思えば予想外のそいつの言葉。
「坂下って考え無しに喋るタイプだろ……」
「えっお前にだけは言われたくねえよ。鏡見ろ」
「ざっけんなてめぇあんま調子乗ってっとぶっ飛ばすぞ!?」
 他に客がいないからか好き勝手応酬してしまっているオレら。うんうん、やっぱり相性悪くないと思う。「ぶっ飛ばすぞ」とか言われても本気じゃねえの分かるから全然怖くないんだよな。まあ最初から怖がってはいなかったけど。
 片桐は未だ釈然としない表情だったが、「じゃあ……これがいい」と一輪選んで差し出してくれる。白と、青に近い紫色の花弁が綺麗な花だった。
「なんて花?」
「トルコキキョウ」
「外国人じゃん。初めて聞いた」
「外国人って! やっぱお前変、外来種でいいだろ」
 実はトルコ産じゃないしキキョウでもない、と言われて訳が分からない。あまのじゃくか?
 けらけら笑っているそいつが大層かわいかったのでそれを購入することに決めて、「今日は二本買う」と声をかける。包装は別にしてもらって、片方は片桐の前に差し出した。
「……は? 何?」
「これ、好きなんだろ? お前も飾れば」
 あわあわしているそいつに問答無用で花を押し付けて満足する。こいつのグレーの髪の色味に、そのトルコキキョウはよく似合っていた。
「ひ、人の気も知らないでお前……」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもねえよばーか!!」
 何が気に食わなかったのかぐいぐいと背中を押されて退店させられてしまう。ちょっと寂しくもあったが、帰り際そいつが「……いつも、ありがとな」と言ってくれたのでまあよしとしよう。月千円程度で売上に貢献してる扱いされるのもなんか申し訳ない気がするけどな。
 家に帰ってから飾ったトルコキキョウはやっぱり綺麗で、店にあるやつの中で特別綺麗なのを選んでくれたんだろうかと思いあがってみたり。日常に花があると生活が豊かになるとか言うけど、案外本当だったのかもな。
 もしくは、好きな奴がいるから生活が豊かなのかも……しれない。

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