羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 今日に限った話をすれば、殆ど何も口出しする必要がないくらいのそつのないプランだった。というか、普通に楽しんでしまった。きらきらした空間と綺麗な金魚を存分に堪能して、テレビで紹介されることもあるようなこじゃれたイタリアンの店で少し遅めの昼食をゆっくりとって、喋っているうちにそろそろ夕刻と言っても差し支えない時間になる。あんまり早く時間が過ぎるものだから驚いた。
「はー……なんかあっという間だった。楽しかったぜ」
「そうか? ちょっと不安だったけど、お前が楽しんでくれたならよかった」
「うん。お前、この店とかも一人で調べてきたのか?」
「……はは。やっぱらしくないよな。実は姉貴にちょっと聞いて」
 へえ、姉貴がいるのか。俺は初めて聞くかもしれない情報に内心首を傾げる。こんな風にデートに使う店を聞いたりできる仲なんだったら、全部俺なんかじゃなくてその姉貴に聞けばよかったんじゃないだろうか。
 そう言いかけて、やめる。何故だろうか、「それもそうだな」と言われたら、なんだか嫌だなと思った。いや、こういうのは本来女に聞くのが一番確実なんだろうけど。
 でも、そうなるといよいよこいつが俺に恋人役を頼んできた理由が分からないんだよな。
「本当は、俺が一人で考えられればよかったんだけど」
「いや、一人で考えた結果が鍾乳洞なら相談して大正解だろ……にしても白川はお姉さんいるのか、いいな」
「朝倉は一人っ子だろ?」
「え、なんで分かったんだ?」
「なんとなく、そうかなと思って」
 白川の唇がうっすら弧を描いて、今日のこいつは本当に機嫌がいいなとこちらまで嬉しくなる。いや、でも、なんとなく一人っ子に見えるって、我儘ってことだろうか?
「別に朝倉が我儘とか思ってるわけじゃないって」
「……な、なんで俺が考えてること分かったんだよ」
「なんとなく。……っていうのは嘘で、朝倉がなんかものすごく不満そうっていうか不安そうな顔してたから。寧ろ俺の方が振り回してていつも悪いなって思ってるよ」
「いや、別にそんな……お前と話すの楽しいし」
「そうか? なら安心だな」
 朝倉はすぐ顔に出るから分かりやすいよと言われてそうなのかとちょっと恥ずかしくなる。俺は白川の表情から何を考えているのかあまり読めないのに、こいつばっかりずるい。
 はたしてこいつは俺と一緒にいて楽しいんだろうか。
 いや、会うのを楽しみだと言ってくれたりはするのだが、ちゃんと楽しいって思ってるんだろうか。
 最初はアドバイスをするとかいう名目だったのに、今日だって俺は普通に楽しんでしまったし。こいつもこいつで俺のことを誘ってくる割に相談はしてこないというか、お前本当に俺のアドバイスが欲しくて一緒にいるのか? と疑問に思う。何の実にもなっていない気がする。せめて誰が好きかくらい教えろ。進展してんの? それって俺が聞いていい部分? どこまで踏み込んで大丈夫?
 そんな風に疑問が浮かんでは消えて、さっき分かりやすいと言われてしまった手前、白川に思い悩む表情を見られないよう不自然でない程度にそっぽを向いた。
「ん……朝倉、そろそろ出よう」
「え、ああ。この後どうする?」
 視線を戻して問うと、白川は「お前に見せたい場所があるんだ」と心なしか弾んだ声で言う。
「朝倉がまだ時間あるなら、どうかな」
「いいぜ。どんな場所かはまだ秘密?」
「うん。気に入ってもらえるといいんだけど。外だから、あったかくしといて」
 ああ、だから体温調整のしやすい恰好、って言ってたのか。俺はコートを着て、少しだけ悩んでマフラーも巻く。伝票をさっと取って歩き出すと、視界の端に珍しく焦ったような顔をした白川が映って愉快だった。
 まあ、高校生なんだしデート代は基本は割り勘だろ。きっちりエスコートもしてもらったことだし、ここは黙って俺に出させろよ。

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