羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 こう言ってしまってはなんだが、俺はデートを楽しみにはしていたものの白川のチョイスに期待していたわけではなかった。
 かなり失礼な物言いだとは分かっている。けれど、それでもあいつがそつなくデートプランを立てている姿が思い浮かばないのだ。なんというか、ズレていそう。例えば俺の周りにいるような女子が好むようなデートができなさそうに見える。カラオケで歌っているところが想像できない。
 まあ、最初から完璧なデートを考案されても俺が助言するべきところがなくなってしまうし、あいつが頑張って考えてくれたのだと思えば行先は関係なく楽しみだ。こういうのは、どこに行くかよりも誰と行くかの方が大事だと個人的に思う。
 そんなことを考えながら、テストが終わって打ち上げへと急ぐ奴らを教室で見送ってそれとなく白川の方を見る。と、目が合った。微笑まれる。ああ、今日はこっから恋人ごっこ始まってんの? 確かにもう他に誰もいないしな。
「行こうか」
 白川は、俺以外誰も聞いていないのに、声をひそめて内緒話をするみたいに囁いた。


 繰り返し言うが、正直期待はしていなかった。していなかった、のに。
「こういうの好きかと思って。ほぼ水族館だけど、やっぱずるかったか」
 電車で、高校生が行くには僅かに価格帯の高めなエリアへとやってきた。駅が起点となり色々な施設や百貨店に繋がっているところだ。白川は迷いない足取りで、俺の少し前を歩く。
 真っ先に目に入ったのは、とても鮮やかな光だった。
 きらきらとした色とりどりの光がガラスや水に反射する。壁に丸いガラスが嵌め込まれたようなデザインの水槽の中では、金魚がヒレをたなびかせていた。金魚と言っても夏祭りの夜店にあるような小さなものではなく、一匹一匹が子供の手のひらに乗るかという程の大きさをしている。ヒレに光のグラデーションが当たって、とても幻想的な光景だ。
 チケットは買ってあるから行こう、と白川に促され、後でお金を払わないと、なんてちょっと焦った。準備がいいし、もしかして奢る気でチケットを用意してくれたのかもしれない。何より、それが厭味ではない。
「白川、ここ」
「ん? 流石にペンギンやイルカはいないけどさ、綺麗だろ。きらきらしてて」
 どう表現すればいいだろうか。水族館と美術館を足して二で割ったみたいな場所だと思った。水族館と言うにはどうやら金魚しかいないらしいここを呼称するには意味が広すぎる気がするし、どの水槽――金魚鉢、だろうか、それもデザインが凝っていて飽きない。さっきの、壁に丸く嵌め込まれた覗き窓のような水槽や、スタンダードな形の金魚鉢、俺の身長以上の大きさはあろうガラスの球体がそのまま入れ物になったもの、立方体をいくつも不規則に繋げた、外からだと金魚の形が揺らいで見えるものまで様々だ。金魚だけでなく、入れ物自体も観て楽しめるようになっているようだった。
 俺は視界いっぱいに広がるその美しい景色に、思わずため息をつくしかなかった。
「――――うん、すっげえ綺麗だ。ありがとう、こんなとこ知らなかった」
 リップサービスでもなんでもない、心からの言葉だった。電車で学校からほど近いし、ちょっと背伸びした高級感も女子ウケはよさそうである。平日昼間だからいい具合に空いていて、同じビルの中には食事できる場所も選び放題だ。なんだよやればできるじゃん、なんて俺は白川のことをかなり見直した。あれ、なんかこれ上から目線に聞こえるな。えーと、そうじゃなくて。白川のチョイスは、俺も好きだ。うん、そんな感じ。
 光の演出のためか普通の照明は絞られていて、ほの暗い空間のなか白川がほっとしたように笑うのが見えた。笑顔がピンクとオレンジの混ざったような光で染まる。
 綺麗だな、と思った。見える光景全てが。
「お前、ちゃんと女子が好きそうなとこ選べたんだな……」
「え? 女子っていうか、お前が好きそうなとこ頑張って考えたつもりなんだけど」
「はあ? 俺? なんで」
「いや、だって今日はお前とデートだし……もうちょい時間あったら鍾乳洞行きたかった」
「鍾乳洞!? 鍾乳洞って、え、あの……洞窟みたいな?」
「うん。綺麗らしい。俺も一度行ってみたかったんだよ」
 前言撤回。今回はたまたまヒットしただけだ。こええよこいつ、なんで突然鍾乳洞だよ。せめて事前に相談しろ。確かに、面白そうではあるけどさ。夏は涼しくて冬はあったかいんだろ? 鍾乳洞って。
「……なんつーか、あれだ。彼女を鍾乳洞に連れて行きたかったら……いや、初回で鍾乳洞はかなり勇気ある選択っつーか、まあ、行く前に彼女にちゃんと伝えとけよ。ヒールの靴とかだと無理だろそういうとこ」
 精一杯言葉を濁しつつ伝えると、白川は「何言ってんだこいつ」みたいな顔をしてみせた。いや、俺からしてみればお前が何言ってんだだからな? 初めてのデートでサプライズ的に鍾乳洞に連れて行く男とか聞いたことねえから。せめてもっとこう、慣れてからにしろよ、お互いに。
「朝倉はそんな歩きにくいレベルのヒールのある靴履くのか?」
「俺の話は今してねえだろなんなのお前、お前が好きな奴と行くときの話してんの! っつーかそんな靴男は履かねえだろ、俺もせいぜいブーツだよ」
 白川は、ああ成程とでも言いたげに目を瞠った。かと思えば、「今度、朝倉の私服見てみたいな」なんて全然関係ない話をしてくる。
「……なあ、お前俺の話聞いてる? 話通じてるか? 大丈夫?」
「あ。ほら朝倉、あれ綺麗だな。……ピンポンパール? っていうらしいぞ」
「聞けよ馬鹿」
 白川はたまに話が通じなくなる。俺は早々にこの話題について続けるのを諦めて、この幻想的な場を思う存分楽しむことに決めた。気持ちの切り替えは早い方なんだよ、俺は。


 それから、たっぷり時間をかけて会場を練り歩いた。
 金魚なんてそれこそ夏祭り以外では滅多に見る機会が無いし、両手足の指を使っても数えきれないであろう種類の金魚を見るのは楽しかった。特に、全身真っ黒な金魚が青や水色、紫の光の中で大きな尾びれを揺らしているところは思わず写真に撮ってしまったほどだ。
 白川はいつもより表情が柔らかで、それをほんのり嬉しく思いながら並んで歩く。どこもかしこもきらきらしていて、いつもつるんでいる奴らと居たのでは絶対に来ないような場所が新鮮だった。
 どうやらこの催しは期間限定のものだったらしく、白川がそれを調べてわざわざチケットを買って、と準備してくれたのだと思うとなんだかむず痒い気持ちだった。例え練習だったとしても、嬉しいものは嬉しいのだ。
 きっと、白川が好きな相手も、こいつのこういう優しいところを好きになってくれるだろうと思う。そうだといい。

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