羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「……色々芋づる式に分かってきたんだけどお前が毎年七月に調子悪そうにしてたのは」
「ああ、どっかの誰かが七月は誕生月だからっつっていつも以上に無茶な働き方してたから、それが心配だったっつーか……気持ちが引きずられてた」
 あー、もしかしなくてもこいつが中高のときたまに意味分からないこと言ってたのって全部父親絡みか。なんか、分かってたけどこいつ家族への依存心がめちゃくちゃ強いよな……。あまりにも家族の影響を受けすぎてる。こう言っちゃなんだけど、高校卒業してすぐ家を出たのはきっと正解だ。こいつ自身、危機感を覚えていたからこそ地元を離れたという側面もあったのだろう。こいつは家族に奉仕することで依存していた。
「お父さんとは……しばらく会ってないんだよね」
「高校卒業してから会ってない。……高校のとき俺髪染めただろ。あれ、実は嫌がらせのつもりだったんだよ」
「えっどういうこと?」
「俺の父親、俺が自分と似てるって言われるの嫌だったんだと思うんだよな。自分の顔嫌いなんだよあいつ。……俺、昔は父親に似てるって言われるの嬉しかったんだ。でもあいつは頑なに否定するし、なんかそれが悔しくて……だってほら、顔も名前も覚えてねえ母親に似てるって言われても反応に困るだろ。だからわざと父親に外見を寄せた」
 ピアスまであけたのは若干後悔してる、と高槻は自嘲するように言った。「お前は認めたがらないけどこんなに似てるんだぞ、って見せ付けてやりたかったんだけど……あいつ、髪染めた俺見て顔引き攣らせてた。きっとすげえ傷付けたんだと思う、あのとき」高槻の声がどんどん小さくなっていって、ついには風の音にも負けそうな声量になってしまう。そいつは、今日一番の小さな声で囁いた。
「俺もこんな顔は嫌いだ。……家族に疎まれるような顔ならいらなかったのに」
 勘違いしていた。
 オレは今まで、こいつが自分の顔のことを嫌いなのは見た目で勝手に持ち上げられて人となりを判断されるのが嫌だからなのだろうと思っていた。いや、もちろんそれも理由の一端ではあるのだろうが、大部分はそうではない。決定的な理由は他にある。
 家族に――大好きで大切にしているひとに好いてもらえない顔だったから。
 そんなものが自分を構成している、ということに、繊細なこいつは耐えられなかったのだろう。
「いくら他人に似てる似てるって言われても意味無いんだ。笑えるよな、一番認めてほしい奴だけが必死になって否定してくるんだから」
「えっと……その、お父さんが自分の顔を嫌ってる理由とかって」
「知らねえ。っつーかこの顔が嫌いだって言質とったわけでもねえし……まあでも、見てりゃ分かるんだよ。あいつ嘘つくの下手だから」
 今回、ついに初対面の人間に父親と見間違えられるに至って色々と爆発したというような事情だったらしい。じゃあなんで茶髪に戻したんだよと突っ込んだら「……見つけてもらえるかと思って」とのことだ。こじらせてんなー。
「お前なんなの? ファザコンなの?」
「うるせえな自分でもよく分かんねえんだよなんでこんな風になったのか」
 どうせ嫌われてるならこっちからだって嫌ってやろうと思ったのにどう頑張っても無理だった、とふてくされた口調で愚痴られてなんだか生ぬるい気持ちになる。オレのとこ、家族仲は悪くない方だと思うけどここまでウェットではないというか……適度に距離感あるからいまいちこいつの気持ちは分からない。まあ、血縁がこの世に一人だけ、ってなったらこうなっちゃうのも仕方ないのかもしれないけど。……いや、でもやっぱちょっと気持ち悪いよ?
「その歳でシスコンだしファザコンってどうすんの?」
「シスコンに関してはお前にだけは言われたくねえ……」
「いやいやいや、オレ程度でシスコンとか言ったら女きょうだいがいる奴全員シスコンになっちゃうって」
「……お前、どうせ普段散々姉ちゃんから甘やかされて恩恵受けまくってるくせに自覚無いタイプだろ」
 見てきたかのように言うな。否定できないけど。
 まずい、若干話がずれてしまった。脱線した話を元に戻す。
「っつーかさ、会って話してみりゃいじゃん。正直言ってお前のそれ、せいぜいティーンエイジャーまでしか許されない言動だよ。気持ち悪いよ。ドン引きだよ」
「えっお前辛辣すぎるだろ……? そこまで言うか」
「とっくに成人した男が『おとうさんにきらわれてる……』ってめそめそしてたら普通に引くでしょそんなん」
「悪意のある翻訳をするな」
「思春期! 反抗期! ハイ診断終わり。あんま意地張ってると後悔するよ」
 まだ全然手遅れなんかじゃないんだから。オレの反抗期っていつ頃だったかなー、記憶に薄い。父親はとても頭がよくて、気性が穏やかで、尊敬できる人だ。もしかして反抗する理由無かったかも? ……うーん、久々に実家に帰るかね。
「……あれっ? お前、確か進路のことで父親と揉めてたとか言ってなかったっけ?」
「言ってたけど」
「解決したから就職したんじゃないの?」
「…………、実は、『地方で就職する』って書置きだけして卒業式から自宅に寄らずにそのまま……」
「バカか!? お前それはマジで謝った方がいい……」
「そうなんだよ謝らなきゃなんねえことは山ほどあるんだけど今更どの面さげて会いに行くんだ俺は? ど、どうしよう……怒られたらどうしよう……」
「おとなしく怒られろよそこは」
「あいつに怒られた記憶がほぼ無いから怖い」
 お父さんはお前のやること頭ごなしに怒ったりする人なの? と尋ねてみるとじろっと睨まれた。ごめんって。ファザコンこえーよ。
「……心の準備ができたら、連絡してみる」
「秒でしろよ、準備。あ、このお店に呼べばよくない? 食事しながらだと和やかに会話も進むかも」
「お前俺の心の傷抉って楽しいか? 俺の作ったもの食わねえんだよあいつは……なあ、俺の料理別に不味くねえよな? そこらのレストランで食うより美味いもん出す自信はあるのに……駄目だ落ち込んできた辛い」
「めんっどくせえな! もう言いたいこと全部言ってこいって……お前どうして身内相手だとそんな鬱陶しいの?」
「……鬱陶しいから嫌われるんだよな……どうせ俺なんて顔がめちゃくちゃよくて大体なんでも人よりできるだけだし……全部遺伝だから全然俺の手柄じゃねえし……」
「自慢なのか自虐なのか判断のしにくいことすんのやめてくんない」
 たぶん自虐なんだろうな。分かってるよ。
 どうしようマジで鬱陶しくなってきた。たぶんこいつ、まっとうな親子関係を形成すべき時期にさくらちゃんを優先しすぎて今こんなんなってるんだろうな。家族に執着してるわりに対話が足りてなさすぎる。
「ちなみになんだけど、小さい頃遊びに連れていってもらったりとかしなかったの? 遊園地とかさー、あ、あとキャッチボールとか定番?」
「は? さくらほったらかして行くわけねえだろ」
「え、でも高槻が小学生くらいのときってさくらちゃん入院中じゃなかったっけ」
「俺ばっかりそういう……遊んだりとか、それは駄目だろ……」
「えええ……お前が楽しいこと制限して生きてたって仕方ないじゃんそれは。さくらちゃんだって喜ばないでしょ」
 こいつがちょっと異様なくらい娯楽に疎いのってそのせいか。なんでわざわざ自分から息苦しい方を選ぶんだ。いや、高槻がこういう性格だっていうのは分かってたはずなんだけど……別に悪いことしてるわけでもないのに自罰的なんだよな。
 けれどどうやら、よくお父さんと一緒に外食はしていたんだとか。「俺が料理作るようになってから、そんなに好きなら勉強のために色々行ってみようかっつって……」ありとあらゆる一流と名高いものはほぼ食べさせてもらった、らしい。
「それはお前的にはセーフだったんだ」
「いや、父親に『お前が美味しいものたくさん食べてそれを作れるようになったら、さくらが遠くまで出かけなくても美味しいもの食べられるようになるよ』みたいなことを言われた……んだけど、これ今考えると丸め込まれてねえか……?」
「お前のお父さんがお前にどうやって娯楽と息抜きを与えようか苦心してたのがうかがえるね」
 どう考えても料理の勉強とかただの口実でしょ。お前と一緒にいたかっただけなんじゃないの?
 高槻は気まずそうに俯いた。半年後くらいを目標に連絡できるように頑張る……と言われてがっくりくる。目標が低すぎるだろ。こいつの話を総合するにかなり優しそうなお父さんなのに、どうしてそこまで怖がってんのかね。
「仲直りしたらオレにも紹介してよ、お父さん。昔からお世話になってたお礼も言いたいし」
「うん……あいつも会いたがってた」
 圧力をかけるために「楽しみだなあ」と言っておく。返事は無い。
 半年後もまだうだうだ言ってたらそのときは一発殴ってやろう、と決意して、オレはすっかりぬるくなってしまったビールを呷ったのだった。

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