羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 高校受験のときはそこまででもなかったけど、やっぱり大学受験となるとみんなそれなりに緊張というか、受験独特の空気が流れているのが分かる。オレは勉強の習慣がついていたので基本的な生活はこれまで通りだ。風紀委員長を後輩に引き継いで、自分のペースで勉強している。
 高槻はというと大学受験をしない代わりに何がしかの資格取得に向けて勉強をしているみたいだ。津軽は陸上の大会でそれはもう素晴らしい成績を残して最大限惜しまれつつ引退し、今は勉強漬けになっているらしい。奥も、最近だと文庫本の代わりに単語帳や一問一答集をつまらなそうに眺めている。みんな将来に向けて頑張っているんだな……と当たり前のことを思う。
 オレ、将来は警察官になりたいって思ってた。でもどうやらオレにはあまり向いていないらしい……というのもちゃんと分かってた。身長のこともあったけど、気質的に。
 オレの身長は遅れてやってきた成長期によって伸びに伸びて、ある日津軽に「身長、いつの間にか追い抜かされてしまったね」と笑顔で指摘されたことに思わず「嘘でしょ!?」と言ってしまうくらいにはなっていた。体重の増加は全然追いついてなかったけど、別に警察官になるための制限にひっかかるほどじゃない。でも、高校の三年間を色々なことを経験しながら過ごして、他校との交流会だの何だのにもちょこちょこ参加して、思うことがある。
 世の中、自分の才能を知らない人が多いなあって。勿体無いなあっていつも思う。明確な意思があって活用してない分には本人の自由なんだろうけど、そもそも才能に気付いていなかったり活用の場所が無かったり、アピール方法を知らないせいで埋もれてしまっていたり、そういう人が多いことに驚いた。だったらオレはその才能を使いこなす手助けがしたい。オレ自身にはそんな、ぱっと光るものは無いけど……こういうのって案外完全な第三者の方が冷静に現状を見られたりするしね。よくいるじゃん、技術は申し分無いのにマーケティング下手な職人さんとか。どれだけ優れた技術でも先立つもの――お金が無いと続けられないのだ。要するにお金を稼ぐお手伝いはするから思う存分才能を発揮してくださいね、という感じのことをやりたい。経営コンサルとかマーケティングとか、あとは人材斡旋とかのカテゴリになるのかな? 大学に入って、そういう部分を重点的に学んでみようと思う。
 そんなわけで、志望学部は経済・経営学部か商学部だ。中学受験のときは塾の合格実績増やすために費用は塾持ちで色々受けさせられたりしたけど、今回はそんなことをする羽目にはならないはずだ。自分の受けたい学校だけ受験しよう。


「お前って受験生のわりにあんまぴりぴりしてねえよな。俺に構ってばっかで大丈夫か?」
「んー? 別にサボってるわけじゃないから大丈夫だって。あんまり根詰めすぎて体調崩したら本末転倒だし」
 オレは高槻の作ったミニハンバーグをしっかり味わって飲み込んでからそう言った。もう高槻が学校を休んだり早退したりする必要はなくなったけれど、こうしてお弁当を作ってもらう習慣はなくなっていない。こいつ曰く「別に毎日でもいいのに」とのことだったが流石にそれは申し訳ないし。というか、毎日お弁当作っていくってただの友達の範疇を超えてると思う。こいつは違和感を覚えないんだろうか?
 高槻は、「俺が勉強の邪魔になってたら困る」と言ってお茶を一口飲む。別に全然邪魔じゃないよ。平日は四時間、休日は十時間よりちょっと多いくらいかな、個人的な勉強時間。授業中だって至って真面目に勉強してるつもりだし、たかだか昼休みや放課後のちょっとした寄り道程度制限しても仕方ない。というか、全部制限しちゃったら潤いが足りないでしょ、生活に。
「邪魔だなんて思ってないから、オレのこと応援してよ」
「ん? 勉強頑張れーって言えばいいのか?」
「雑だな! うん、でも、そんな感じ。応援されると元気出るし期待されるとやる気出ない?」
「お前、過剰な期待が負担になったりしねえの」
「そもそも過剰な期待とかいうやつ受けたこと無いや。オレの家族ってオレのスペック冷静に分かってるから、洗濯物うまく畳めなくても『まあいっか』って妥協してくれる」
「受験と洗濯物畳むのを並列で語るなよ。っつーかお前家事こそもうちょい頑張った方がいいんじゃねえの……親、共働きだろ」
「うっ。いや、姉と手分けして家事やったりはするよ? でも不思議と上達しないんだよ……料理なんて三回に一回は失敗するからね。一日三食計算だと一日一回失敗してることになる」
「……例えばどんな失敗すんの」
「直近だと鍋のハヤシライスあっためたら火の勢いが凄かったみたいで底の部分が全部焦げた。臭いがやばいし焦げた部分が鍋にこびりついて取れないし散々だった」
「うわ勿体ねえ……お前さっさと結婚してガンガン稼いで相手に専業主婦になってもらった方がよさそうだな」
 こういう会話をしてると、高槻ってほんとに感性が一般的だなーということが分かる。もう、こいつの何気ない発言に傷付くことも少なくなってきた。こいつはオレが当たり前に異性と結婚するヴィジョンを見ている。そのことを、まさかデリカシーが無いと責める気にはなれなかった。オレは別に男が恋愛対象というわけじゃない。もし高槻のことを諦められる日がきたとしたら、その後は普通に女の子のことを好きになると思う。それくらいオレにとってこいつの存在は特別で、唯一で、大切。
「はは、まずは大学受かること考えなきゃね」
「ん。頑張れ。合格したらお祝いくらいはさせろよ」
「そういうこと言われると嬉しくなるね。津軽たちも全員合格してればみんなでぱーっと騒ぐのもいいかも」
 そこに俺がいるのなんか変だな、と苦笑いしている高槻。変じゃないよ。お前も何か頑張ってるんでしょ。詳しくは聞かないけどなんとなく分かってるよ。
 こうしてこいつと気兼ねなく話ができる時間ってきっとこれからどんどん減っていく。進路が分かれて、就職なんてことになれば更に予定は合わせづらくなるだろう。オレはそれに耐えられるのだろうか。今はまだ分からない。分からないまま少しずつこいつのいない寂しさに耐える覚悟をして過ごすしかないのだ。いつかやってくるその日のために。
 なんだか感傷的な気分になって、オレは食べ終わった空の弁当箱をうやうやしく高槻の前に掲げた。
「ごちそうさま。今日もおいしかったよ」
「そりゃどーもお粗末様でした。食べてくれる奴がいて俺も嬉しい」
 今日もこいつの作るご飯はおいしい。今日もこいつの笑顔が見られて嬉しい。眩しい。本当に、何もかも。

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