羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 最近の由良はなんだか機嫌がよかった。おにいさんの働くお店でのバイト……というか、修行が楽しいみたい。色々教えてくれてるひとが、とっても優しいって言ってた。由良の作ったお酒飲んでみたいなとお願いすれば、他の奴らには内緒だからな、と、こっそりお酒を作ってくれる。よくないことだとは分かっているけど由良と秘密を共有するのは楽しい。
 どうやら由良は、ちゃんと自信を持ってカクテルが作れるようになったらおにいさんに最初に飲んでほしいみたい。仲良しだなあ、って嬉しくなる。ちょっと妬けるけど、俺だって由良の「特別」をもらってるから。本人曰く「まだ全然ダメ」な状態のカクテルを味見させてもらえるってことは、由良が俺にだったら弱味を見せてもいいと思ってくれているんじゃないかと感じられてうれしい。
「あ。おいしいね」
「マジで! こっちのとどっちがいい?」
「んー、俺はこっちのがすきかなあ……?」
 由良は器用だ。シェイカーを操る手つきは俺からすると既にとても慣れているように見える。でも由良自身はぜんぜん満足してないみたいで、そういうところもかっこいい。
「どんどん美味しくなってくね」
「だっろ? 俺はいつでも最高の俺だから! 常に一瞬前の俺を超えるんだよ」
 こういうことをさらりと言ってのける由良の笑顔はほんとうにきらきらしている。誰だって昨日より今日の自分の方が成長してる、っていうのが理想だと思うけど、それをできるひとってなかなかいない。できるできない以前に、そういうふうに言えるひとが少ないんだと思う。由良はそれが言えるひと。たとえちょっとつまづいても、「昨日の俺じゃこのミスに気付くことすらできなかったはず! 今日の俺やっぱ最高じゃね?」と笑うことができるひとだ。
 由良は昔からかっこいいけど、変化したところもある。暇つぶしみたいにして喧嘩を買っていたのをやめた。もっと楽しいことを見つけたから、らしい。そして、いらいらしたときに煙草を吸うんじゃなくて俺の隣に来てくれるようになった。……こんな俺をうぬぼれさせてくれる由良は、優しいね。
 俺は今、高価そうな柔らかいマットレスのソファに由良と並んで座って、休日の昼間からお酒を飲んでいる。
「……大牙がさー、絶対女ができたと思うんだよな」
「えっ……」
 急にそんな話を振られて、思わず声をあげてしまったのは城里くんの彼女云々の話が初耳だったからではない。寧ろ逆で、俺がそのことについて直接城里くんから話を聞いていたからだ。
 城里くんは――ゆうくんと、付き合い始めた。
 話を聞いたときは嬉しかったし、城里くんたち二人の秘密にしていていいはずのことを教えてもらえたのもうれしかった。何より、ゆうくんが時々見せていた追い詰められたような表情がすっかりやわらいでいたから。
「んだよ、そこまで驚くことねーだろ」
「え、いや、えっと……どうしてそう思ったの?」
「勘。俺いちおー幼馴染だし? まあ大牙はそれ抜きにしても分かりやすいけど」
 万里も「何かいいことがあったんだろうね」っつってたけどあれは確実に女絡みだろ、と由良は人差し指を立てて名探偵っぽく声をあげた。ご名答。幼馴染ってすごいなあ。まあゆうくんは女の子じゃないけど。でも、ゆうくんは女の子ではないにしろ女役ではあるんじゃないかなあって俺は予想してる。だってゆうくん、城里くんになら何されてもいいって感じなんだもん。
「……ま、だから何っつー話だけど。昔はさ、やっぱどんなことでもお互い教え合って共有して、って感じだったからこういうのはかなり新鮮」
「そ、そっか」
「まさか高校に入ってから大牙よりもよくつるむ相手見つかると思ってなかったしな」
「うん……」
「おいなんだその薄い反応は。オメーのことだよ! もっとはしゃげ!」
 思わず笑ってしまった。ありがとう。元々城里くんは部活で忙しくしてたみたいだし、由良は女の子たちと遊ぶことが多かった。今ではもう俺が隣にいることの方が多い……と、思う。帰宅部だからね。
「やーでもどんな女なんだろ。変なのに引っかかってなきゃいいけど……まあ順当にほわほわ可愛い感じの女かな」
「えっ城里くんってそういう子がすきなの?」
「ん? あいつは昔から面食いなんだよ、周りに基本顔のいいのしか居なかったからそれが普通だと思ってんの。たぶんあいつは自覚してないけど!」
 なるほど。なんか納得してしまった。由良兄弟を筆頭に、って感じかな? ゆうくんも整ってるもんね。ゆうくん自身は自分の顔には特に感慨もなさそうだけど……というか、あったらたぶんボクシングはやってない。あれ、主に顔を殴られるんでしょ? そういうイメージがある。
「由良は城里くんの恋人のこと、きになる?」
「んー? 別に言いたくないならそれでいいんじゃね。ひよこだっていつかにわとりになるんだし」
 そのたとえはちょっとどうなんだろう……? と思ったけれど、由良がにやりと笑って「まあ、あいつが勝手に口を滑らせる分には俺のせいじゃねーと思うけど」と付け加えたので笑うしかなかった。城里くん、たぶん遠からずばれちゃうと思うよ。それに由良は、相手がほんとうに嫌がっていることは絶対しないから、大丈夫。
 もしかして俺たちみんな、隠し事って基本的にできないのかもね。
「酒おかわりいる?」
「今日はもう大丈夫、ありがとう」
 ちょっと魔が差してしまって両手を広げたら、ぱっと表情を明るくした由良が勢いよく飛び込んでくる。由良は軽いなあ。……いや、ほんと軽いね。俺も人のこと言えないけど。万里くんたちの半分くらいは筋トレした方がよくない? そうでもない?
「お前はほんと健全だよなー」
「え、どうしたのいきなり」
「べっつに。枯れてんねーと思って」
 由良の表情は見えない。たぶん機嫌を損ねたわけではないと思う。確かに最近、そういうのを匂わせることすらしてないけど……。
「由良、俺さ、今すっごいしあわせなんだよねえ」
「あん?」
「あんまり一気にしあわせになっちゃうと、俺、気持ちが追いつかないから。付き合わせちゃって申し訳ない」
 隣にいるだけでしあわせな気持ちになるんだよ。あんまり人にべたべたするのが好きじゃない由良がこうしてためらうことなく俺に抱き着いてきてくれるの、どれだけ俺がうれしく思ってるか由良には伝わってるかな。男とハグとかありえねー、って言ってた由良が俺のことだけは遠ざけないでくれることに、どれだけ救われてるか分かってくれるかな。
「別に謝らなくていいっつーの。でもまあ、俺気が短いし? 何より気分屋だし? 清水がその気になったときには遅いかもしんねーよ?」
「それは……ううん、そうなったらどうしよう……」
「なーにマジになってんだよ! 冗談だって!」
 ちょっと焦ったように俺の頭を撫でる由良。俺のこと小学生か何かだと思ってない?
 でも今はそれが嬉しかったから、黙って撫でられるままになっておく。
 心配しなくてもちゃんとそういうことも考えてるから、大丈夫だよ。……大丈夫、かな?

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