羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 気付いたことがある。どうやら大牙には噛み癖があるらしい。ベッドで少し休んでから、もう一度風呂に入るというときにふと鏡を見たら、首から肩にかけて若干赤く痕になっているのが見えて思わず顔が熱くなった。最中は痛みなんて感じなかったし、せいぜい甘噛み程度だったのだろうが歯型だというのはすぐに分かる。明日が休みでよかった。こんなの、体育の着替えのときとかに見られたら何と思われるか。
 それにしても大牙は歯並びがいいな、と綺麗に並んだ噛み痕を見てそんなことを思う。
「佑護? 寒いから早く入ろうよ」
「んー……」
 初めてにしては好き放題に痕を残された気がして、それがなんだか悔しくなって大牙の唇を親指でなぞる。そのまま親指の先をそっと唇に差し込むと、大牙は素直に口を空けた。今度は人差し指で中を探って、ひときわ鋭い犬歯を撫でる。これが俺の体に痕をつけたのかと思うと少しずるい気がしてしまう。俺だってキスマークとかつけたかった。
「んう、ろーひはの?」
 どうしたの、っつってんだろうな。うまく伝えるための言葉が思い浮かばなくて黙っていると、指先を舐められた。びっくりして思わず指を引っこ抜いてしまう。大牙は悪戯っぽく笑って、俺の腕を引いて風呂場に入った。
「中、綺麗にするね。どうしよ……壁に向かって手ついてもらっていい?」
「えっ……いや、俺自分で」
「最後まで俺にさせてよ。ちゃんと全部丁寧にやりたいから……いいでしょ?」
 駄目って言えない。恥ずかしかったけれど、黙って頷いて壁に手をついた。ひんやりと冷たい。大牙がシャワーのお湯を調節して背中を流してくれる。思わず目をつむってしまったが、大牙が中の精液を掻き出しているのがいやに鮮明に感じられてしまって目をつむったのは失敗だったかなと思った。というか、これもしかするとヤってるときより今の方が恥ずかしいかもしれない。
 声が出そうになるのを唇を噛んで我慢した。なんか散々触られた後だから敏感になってる気がする……。
 大牙は後始末が終わってからも甲斐甲斐しく俺の体を洗ってくれて、すっかり泡が洗い流されたときには一仕事終えました! って爽やかな表情をしていた。「ねえ、さっきはどうしたの?」バスタブの縁に腰掛けている俺に問いかけてくる。
「……いや、えっと」
「俺、何か嫌なことしちゃった?」
「そうじゃない。そうじゃなくて……お前にたくさん痕つけられたのが、なんか、俺もやっときゃよかったと思った……から」
「あっ、歯型のことでしょ……ごめん、なんか無意識に噛んじゃってたみたい。痛かったよね」
 黙って首を横に振った。この感情はきっと独占欲のようなものなのだろうと自分で分かるから口に出すのは恥ずかしかったけど、不安そうな表情を向けられてしまっては誤魔化せない。大牙がはにかんで、「佑護のこと、ぜんぶ好きにしていいって言われて舞い上がっちゃった」と囁くのでぎょっとした。なんだそれは。……もしかして、俺が、言ったのか? そんなことを?
 あまりの恥ずかしさに視線が明後日の方向を向きかける。何も覚えていないと言ったらがっかりされてしまいそうな気がしたから、野暮なことは言わない。それに、覚えてはいないけれど俺があのときそう思ったのは確かだろうから。
 俺は大牙の鎖骨のちょっと上の辺りに吸い付いてキスマークをつける。やっぱり、こいつばかり痕を残すのはずるい。大牙は鏡を見ながら感嘆の声をあげた。
「わ、佑護キスマークつけるの上手だね! 俺なんか、あんまり上手くいかなかったや……」
「割と強めに吸わねえと綺麗につかない気がする……っつうか、お前これ以上何か痕つける気でいたのかよ」
「う。冬だからいいかなーって……ほら、服で隠れるし。嫌だった……?」
 だからそうやって言われると嫌って言えないんだよ……全然嫌じゃないから。こいつもしかして分かっててやってるんじゃないかと少しだけ思ったけれど、そんな計算ずくの行動はできないところがこいつのかわいいところなのだ。いちいち俺の反応に慌てるのも、しょんぼりしているのも、きらきら笑っているのも、全部素直な反応だった。
 二人で湯船に浸かって、心地よい疲労感に身を任せる。ちょっと冷めてきたお湯が体温よりほんの少し高いくらいの温度で気持ちいい。
「大牙」
「なに?」
「今日は……あの、お前、初めてにしては色々……大成功、だったと思う」
「ほんと!? へへ、そう言ってもらえると嬉しいなあ。でもこれからもっと練習するから、俺の伸びしろに期待しててね!」
「いやそこまで上手くなられてもこっちが困るっつうか……」
 ある程度はお前のちょっと抜けた発言で我に返らせてくれないと、理性飛びそう。今日後ろに突っ込まれて思ったけど、あれ、慣れたらやばい気がする。この先俺の体が後ろへの刺激を明確に気持ちいいと感じるようになったらどうなるのか、ちょっと怖かった。初めてだった今日でさえ最後の方頭ん中ぐちゃぐちゃになってたのに。
 のぼせそうだったので風呂から上がることにした。ふわふわのバスタオルを渡されて、それを頭から被る。さっきまでヤっていたせいかそれとも立ちくらみのせいか若干足元がふらついたけれど、足腰立たないというほどでもない。流石にこの程度でダウンしてしまったらショックだ。ふんふんと鼻歌なんて歌っている大牙を横目に、俺は長く息を吐いた。
「あっ! ねえねえ佑護、ひとつ質問」
「ん? どうしたんだよ」
 未だパンツを履いただけの状態で、期待に満ち満ちた瞳で、大牙は言う。
「俺、このたびめでたく脱童貞したんだけど……どう? 前よりかっこよくなった? 何か変わって見える?」
 いや、非童貞になっただけでそんな劇的に変化するわけねえだろ。ましてや見た目なんて尚更。やっぱりこいつは少しずれている。あの由良と幼馴染だからか比べたときにかなり良心的でマトモに見えるけど、そして本人もそう思っているんだろうけど、こいつだってちょっと変だ。
 俺は返事に悩んで、そいつの耳元でそっと囁いた。
「……変わらずかわいい」
 真面目に答えるとしたらこいつは部活をやっているときが一番かっこいい。文句無しに一番だ。別に、童貞だろうがセックスに慣れていなかろうが関係無い。目を奪われるしどきどきするし、ずっと見ていたくなる。俺にとってはテレビの中のモデルや俳優なんかよりもよほど輝いて見える。
 でも、そんな自分に全然気付かないで「ええーっ!」と情けない声をあげる大牙も好きだから、もうしばらくは黙っていよう……と、そんなことを思ったのだった。

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