羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 顔が見えないのは怖かった。必死でそいつの声や体温に意識を集中させて、そしたら気持ちよすぎて声は押さえられないわ体が勝手に痙攣するわでこんなに刺激の強いものだっただろうかと信じられない気分だった。
 ずっと手を握っていてもらえたのは、嬉しかったけど。背後から伝わる息遣いの荒さに、興奮しているのは自分だけではないと分かったのもよかった。
 なんだか幸せすぎて気持ちよすぎてだんだん朦朧としてきてしまって、だからもうすぐイけそうになったところで突然寸止めされたことに俺は混乱した。だって本当にあと少しだったから。大牙はとても真剣な表情で、どっちが上をやるか相談してなかった、勝手に進めちゃってごめん、というようなことを言っていた。俺としてはそれ今このタイミングじゃなきゃ駄目だったのか? とそっちの方が気になった。とりあえず、先に、イかせてほしい。
 大牙が真剣な話をしているときにこんなことを考えている俺も駄目かもしれないけど、寧ろこんなイけそうでイけなくて切羽詰ってるときに真剣な話をしないでほしいと思う。全然頭回らないし、自分が何と言っているのか自分でも殆ど認識できなかった。
 いや、その方がいいかもしれない。絶対とんでもないこと言った気がする。
 お互いの物を扱きあってイった後、それまでの多幸感が若干落ち着いて冷静になれた俺は、この数十分で自分が一体何をやらかしたのか思い出したいような怖いような気持ちで大牙を見た。そいつはへにゃへにゃと笑って名前を呼んで俺に抱きついてくる。ついさっき、「……続き、ちゃんとやるからね」と熱っぽく囁いてきた奴と同一人物には思えない。
「佑護、大丈夫だった? 俺めちゃくちゃ気持ちよかったよーすごいね!」
 なんかこう、セックスというか運動でいい汗かきました! って感じのリアクションだな。こいつが童貞だからなのかそれとも元々の性格のせいなのかは分からない。ムードは皆無。
「頼むからちょっと浸らせてくれ……」
「あっごめん……余韻大事だよね。どうぞ浸って」
 その間抱き締めててもいい? と首を傾げながらお願いされたので一も二もなく頷く。こいつと触れ合っているのは安心する。大牙の体温が温かくて、目を閉じていると思わずうとうとしそうになったので慌てて体を起こした。
「悪い、浸りすぎて寝るとこだった……」
「リラックスできてるってことだよ。よかった」
 髪を撫でられて、悲しくもなんともないのに不思議と泣きそうになる。それを誤魔化したかった俺は「続き、するんだろ」と自分から大牙を促した。これを逃すと次またいつチャンスがあるか分からないし、本番を先延ばしにしてそれまで悶々と悩むのは避けたい。
 それに、突っ込まれるっていう恐怖を差し引いても、本当に好きな奴と繋がるっていうのがどんな気分なのか早く知りたかったから。
「あ、そうだ見てこれ。ちゃんと買っておいたんだよ、ゴムとあとローション? ってやつ。チョコレート味なんだって、すごいよね」
「は? 何がチョコレート?」
「ローションが。佑護も不味いより美味しい方がいいよね? 舐めても平気ってことは人体にも優しい成分だと思う、たぶん」
 こいつ歯磨き粉のいちご味を許容できるタイプか? そんな、美味しい方がいいよねとかプロテインみたいなノリで言われても。
 大牙がちょっと手のひらに出してみせたローションからは、確かにチョコレートの甘い匂いがした。なんとなくいやな予感がして「……なあ、誰の入れ知恵」と聞いてみたら「入れ知恵っていうか暁人の部屋に転がってたのと同じメーカーにしてみた。信頼が置けるかと思って」と返ってきて頭がくらくらする。あいつも昔はこういうので女の反応見て使うものを選んでいたんだろうか。あの二人の進展具合についてはなんとなく詳しく聞けないままだけれど。というか、聞くまでもなく由良がオープンなので割と分かる。
「佑護、大丈夫? 疲れてない?」
「流石にそこまで体力落ちてねえから、……はやく」
 安心したような顔でキスされて、もうどうにでもしてくれ、と思った。
 きっとこいつが相手なら、何をされたって後悔は無い。


 体の強張りが取れるまで少しかかった。心配性の大牙が無駄にたくさんのローションをぶちまけたせいでぬるぬるのぬとぬとで、けれどそのお陰か痛みは感じることなく大牙の指を受け入れることができる。
 俺もこいつと同じように男同士のあれこれについて調べてみたりはしたけれど、いざ指を入れられる段になっても、こんなところで気持ちよくなれるというのは半信半疑だった。痛みこそ無いが、異物感が酷い。あとむせ返りそうなくらいチョコレートの匂いがする。大牙がとても上機嫌そうだというのが唯一の救いだ。こいつ、相当甘党だな。
「痛くない?」
「っ、痛くは、ない……なあ、今指何本……」
「まだ二本だよ、もうちょっとしたら薬指も入れるね」
 まだ二本なのか……と道のりの遠さに奥歯を噛み締める。ほぐすのを任せっぱなしのくせに色々言いたくはないのだが、今の恰好が恥ずかしすぎてどうすればいいのか分からなくなってくる。四つん這いは膝に負担がかかるから絶対だめ、と大牙に言われて、腰の下に枕を敷いて仰向けの状態。まず自分の脚の間に大牙がいるのが恥ずかしいし、その大牙はというと技術の授業で半田ごてを使っているときみたいな表情で俺の尻に注目してるし、とりあえず今すぐ電気を消してほしかった。
 なるべく今の自分の姿を客観視しないようにと目をつむると、大牙の指先がどこか、今までとは違う感覚を伝えてくるのが分かる。
「っ、ん」
「あれ、ごめん痛い?」
「や、違……このまま続けて、くれ」
 なんだろう、掴めそうで掴めない。ぐっ、ぐっ、と一定のリズムで押し込められる指に、なんだかマッサージみたいだなとぼんやり思った。気持ちいい……のか? 気持ちいいのかもしれない。気付けば異物感も随分と和らいでいて、けれど自分の呼吸の浅さが気になる。
「っぅぁ、ん」
 ずるり、と指の抜ける感覚に思わず声が漏れた。「かなり柔らかくなった……と思う。でも、あんまり気持ちよくはないって感じ……?」いや、なんか、もうちょいでどうにかなりそうな感じなんだけど。でももういい。とりあえず入ってしまえば気合いでどうにかなる気がする。俺はのろのろと体を起こして、大牙のものに手を伸ばす。すっかり萎んでしまっていたそれを扱くと、またきちんと芯を持ったのでほっとした。
「うわっ、ぁ、佑護」
「も、挿れていいから」
「え……でもまだ気持ちよくなれないんじゃ」
「いいんだよ、これから先何回もやるんだから……いずれ気持ちよくなれれば、それで」
 今は、とにかく早くこいつと繋がりたかった。さっきから俺の体は大牙の指が抜けてしまった後の喪失感を必死に訴えていて、隙間を埋めてほしがっている。とてもじゃないがこんなこと口に出せない。
 先っぽをくちゅくちゅと撫でれば大牙は低く呻いた。もうすっかり勃ち上がっていて、そのことに興奮したからか俺のもまたじわりと熱を持った気がした。ほら、結果オーライだったろ。
「っ佑護、待って。俺がやるから」
 手を掴まれた。挑むような視線に背筋が震えた。これ、もしかして快感ってやつじゃないのか。大牙が俺の脚を抱えるのをまるで夢の中みたいな気持ちで眺めて、覚悟を決めて目を閉じた。
「うっ、……く、」
 やばい、入ってきてる。入ってきてる。痛みには強い方だと思っているが、全然そういう問題ではなくやっぱり怖かった。情けないことに顔を腕で覆って身体を硬くしていると、手をぎゅっと握られる。
「大丈夫だよ。ちゃんとここにいるからね」
 その声を聴いた瞬間、自分でもびっくりするくらい気持ちが落ち着いた。体から無駄な力が抜けて大牙のものがずるっと入ってくるのが分かる。一番太い部分が入ってからは特にひっかかりも無く、大牙の腰の辺りの筋肉が太ももの裏にぶつかったことで、ああ、全部入ったのか……と鼻がつんとした。ゆっくり息を吐いて、細く目を開ける。まぶしい。
「っ、はいっ、た」
「んっ……入ったよ、全部入ってるの、分かる?」
 分かる、と応えた声はもう完全に涙声だったけれど、痛いわけじゃない。ちょっと苦しいけどそれ以上に嬉しかった。しあわせ、って言うんだ。きっと。
 顔の前から腕をどける。大牙は笑顔で、それでいてその表情はしっかりと情欲を含んでいるのが分かった。「動いても平気……?」頷く。俺も男だから分かるのだ。このままじゃきつい。
「お前の……やりたいようにして、いいから」
 ありがと、と耳元で囁かれた。大牙が体勢を整えたとき、危うく入っていたものが抜けかけてその感覚に背筋が粟立つ。やばい、マジで気持ちいいかも……。
「っんぅ、んん」
「声っ、我慢しちゃうの……? 俺、もっと聞きたい」
「っぁ! ばかっそこ触んな……っ」
 先っぽを親指の腹で撫でられて体が跳ねた。あんまり動くと中が擦れて変な感じだ。大牙も徐々に余裕がなくなってきたらしく、ずっ、ずっ、と腰をこちらに押し付けてくる動きが大胆になっていた。
「ぅあ、あー、きもちい……っ、ぁ」
「はぁっ、ぁっ、大牙ッ」
「ね、佑護も気持ちよくなってっ……」
 指が俺のペニスに絡む。快感に後ろもうねっているのを感じる。もう、自分がどこに与えられる刺激で気持ちよくなっているのか分からない。勝手に声が出てくるし、変になりそうだ。
 大牙が、抜けそうなくらいぎりぎりまで腰を引いてひときわ深く俺の中を抉った。
「やっ、ぁ、も、でる、ぁあ、っ、ぁー……!」
「俺、も、っぅあ……!」
 ざぁっと血液が逆流するような感覚と、イった後特有のじんわりとした疲労感が続けざまにやってきた。まだ中には大牙のものが入ったままで、二人分の荒い息と、汗と精液独特の匂いが混ざり合っている。
「はー……きもちよかった、ね」
「んっ、ぁ、きゅうに、動いたら、だめ」
 ああもうまともに喋れない。息も絶え絶えだ。全然自分から動いたりできなかったのに体が疲労を訴えている。大牙のものがゆっくりと抜けて、それでもまだ中が広がっている気がして身じろぎをした。
 ……ん?
「大牙」
 そいつはいつの間にかベッドの上に正座をしていて、上目遣いで「えへへ……」と気まずそうにこちらを見てくる。もしかして気付いてるか?
「お前、ゴムつけるの忘れただろ……」
「忘れました……」
 封も開けていないコンドームの箱はベッドの横に落ちていた。お互いそれどころじゃなかったもんな。
「……もう一回風呂入ろっか。その方が早そうだし」
「そうだな……あー待って、俺すぐには立てねえかも」
「俺、佑護くらいなら抱えて風呂場まで行けるよ」
 笑った大牙は、俺に向かって深々と頭を下げた。「ありがとう、俺に佑護のこと任せてくれて。嬉しかったよ」お礼を言いたいのはこっちだ。お前と繋がった瞬間俺がどれだけ嬉しかったか、ちゃんと分かっているんだろうか。
「お互い、嬉しかった……ってことで」
「うん。佑護かわいかったなぁ」
「お前だって」
「じゃあそれもお互いさまだね?」
 ちゅ、と頬にキスされた。これから頑張ってセックス上手になるからねと言われて、お前は今のままでいいのにと返す。いちいちあたふたしてるの、かわいいんだよな。
 そんなのかっこ悪いからやだよ、と頬を膨らませている大牙はやっぱりかわいかったから、俺はそいつの肩に頬を寄せて目を閉じた。
 ほら、やっぱり浸る時間は必要だろ。

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