羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 文化祭といえば図書委員は古本市、文芸部は部誌の発行だ。ぼちぼち準備を進めていたらあっという間に夏は過ぎていった。俺がのんびり本を読んでいる間に、遼夜はまた陸上の何かの大会で表彰台に上った。相変わらずめざましい活躍ぶりだ。
 実はこの夏、遼夜はちょっとヤバい女に付きまとわれてかなり憔悴してたんだけど。今はもう解決してるし、問題なく大会にも出られたみたいだし、よかった。その過程で俺の心も色々抉られたり遼夜がしばらく女を怖がるようになってしまったりはしたが……そこはまあ、致し方なしとしよう。
 遼夜は誰にでも優しいのだ。俺が特別ってわけじゃない。ストーカー思考にならないようにしないとな。
 ところでうちの学校の陸上部は案外と真面目に部活に取り組んでいるようで、夏休みにも練習がある。こういうのって強豪校とかある程度上を目指している部活なら当たり前なんだろうけど、うちの学校の部活としては珍しい。運動部なのに週一でしか活動してない部活すらあるからな。文化部に至っては年四回とかいうふざけたところもある。まあ文芸部なんだが。部誌に参加してれば普段は参加自由なんだよ。要するに締切に間に合えばオッケーってこと。
 今日は部誌の製本のために夏休みにもかかわらず登校してきたのだが、図書室の窓からグラウンドを見てみると陸上部が走っていた。遼夜いるかな。俺はそんなに目がいいってわけじゃないけど、一人だけやけに速いのがいたらそれが遼夜だから見つけやすくて助かってる。
「奥! ちょっとこれ、裁断機運ぶの手伝って!」
 遼夜を見つけてちょっと嬉しくなったのも束の間、部長に呼ばれてそちらへと向かった。実は、文芸部の男子部員は俺だけなのだ。いくら俺が小柄な方だとは言っても男なので、力仕事はこなすようにしている。女ばかりの部活は居心地が悪いかと思いきやそうでもなかった。うちの学校は半数ほどが内部進学者で付き合いが長くて、あまり男女関係なく仲がいいのでそのせいもあるかもしれない。あと、意外に少年漫画が好きな女は多い。男が読んで面白い少女漫画も、当然多い。本の趣味が合うっていうのはかなり万能だ。
 内部生の女は大体が俺のことを名字で呼び捨てにする。外部生の女は、例外はあれど「智久くん」と呼ぶ。「奥くん」って呼びづらいもんな。分かる。ちなみに後輩からは「トモちゃん先輩」って呼ばれてる。ぱっと聞いた感じやばい日本語だけど大丈夫なのか、文芸部。
「先輩! トモちゃん先輩! このホチキス全然刺さらないんですけど!」
「ホチキスのせいにすんな。紙分厚いんだから体重かけて全身で留めるんだよ、なるべく取っ手の外側持て」
「待ってこれ紙誰か押さえててー、このままじゃずれちゃう」
 中綴じ用のホッチキスに力負けしている後輩を適当に応援しつつ無心で紙を裁断した。特に煙たがられているわけでもなし、人間関係はなかなか良好だ。必要以上にやかましい女もいない。まあ本を読むのが好きでわざわざ部活もそういうのを選びますなんて奴は、眼鏡かけたおとなしいのが多いしな。
「そういや奥って陸上部の大会の応援行ったの?」
「あ? 行ってねえけど……」
 突如話を振ってきた同級生は、「なーんだ、津軽くん出てたらしいから奥見に行ったのかと思った」と続けて言う。別にそんな四六時中一緒にいるわけじゃねえよ。あいつが来てって言うなら当然行くけどさ。
 遼夜はどうも、他人に何かを頼んだり望んだりするのが苦手みたいだ。それはきっと育った環境のせいもあり、あいつのあの優しい性格のせいもあるのだろう。まあ、あいつが家で誰かに「頼み事」をしてしまったら大体の場合それは「命令」になっちまうだろうからな。雇い主だし。その延長線で、誰かの行動に口出しをしたり干渉をしたり、そういうこともしたがらない。
 俺はそれを少しだけ残念に思う。もっと干渉してくれてもいいのに。我儘言ってもいいのに。俺にだけ、でいいから。そんな風に思っている。
「――でさ、当日のシフトなんだけど……奥聞いてる?」
「あ? あー悪い集中しすぎてた。どうした?」
「や、だから文化祭のシフトの話だって! 入りたくない時間帯とかあったら融通きかすって部長が」
 ふむ。文化祭はやっぱり遼夜を誘ってみようと思ってるから、あいつとシフトを合わせるのもいいかもしれない。今すぐに返事は無理だなと思ったけれど、ふと思い立って最終日の夕方以降を先に空けてもらった。「あれ、彼女と後夜祭にでも参加するの?」いやいや彼女じゃねえし。恋人はいずれと思ってるけど。そして、別に後夜祭が目的ってわけでもない。
「ちょっと、見なきゃいけないステージがあるもんで」
 ベストカップルコンテストに男同士で出る羽目になってるとか、控えめに言って愉快だろ。ちゃんとこの目で見て笑ってやんねえとな。


「っつーわけでお前もどう」
「うん、おれもそれは観に行こうと思っていたから……ご一緒させていただこうかな」
 製本を終えてから、陸上部が練習しているグラウンドに出るとちょうど練習が終わったところだったらしく、いつも通りゆっくり……というか、もたもた片付けをしていた遼夜が最後に体育倉庫から出てきた。俺、漫画とかで読んでるイメージだと運動部はレギュラーとか実力のある奴が立場強くて、片付けなんて補欠その他に丸投げしてるイメージだったんだけど実際はそうでもないんだな。
 そんな感想を述べると、「そんなことをするなんてただの嫌なやつじゃないか……」と遼夜は痛ましそうな表情をした。曰く、部活というのはまず楽しくあるべきで、何事も「やらされる」のでは駄目なのだそうだ。「おれは人よりも多い日数グラウンドを使うから、むしろ他の人より多く片付けないと公平ではないだろう」なんて遼夜は言ったけど、それ誰でも実践できるわけじゃないって知ってた方がいいと思うぞ。というか、学校としては結果を出した方がおいしいんだから実力のある奴にはその実力をいかんなく発揮するためのこと以外負担かけたくないっつうのが本音なんじゃねえの?
 と、まあ、運動部経験ゼロの俺がごちゃごちゃ考えたところで仕方ない。ちょうどよく会えたから、文化祭よければ一緒に行動しないか、そしてあのアホ二人が出るステージを観に行かないか、と誘ってみると色よい返事が貰えたので嬉しくなる。

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