「高槻、中学のときにミスコンにも出たんだろう? 観てみたかったなあ」
「あいつ異様に外面いいから盛り上がってたぞ。内部生はドン引きしてたけど」
「奥はそのときも観たんだな。というか引かれるほどって」
「いや、まあ、人間誰しも裏表っつーか、プライベート用とパブリック用で色々使い分けてるだろうけど。あいつは差がありすぎ。あいつが内部生の一部にまだ遠巻きにされてるのって、素行のせいだけじゃなくて絶対あれのせいでもあるだろ」
あいつが仲良くできる人間ってかなり限られてる。というか、限られるようになった。嘘みたいな話だけど、あいつってマジで小学校のときは普通に誰にでも愛想よかったんだよ。にこにこしてて顔が綺麗でなんでもそつなくこなすから、教師からも好かれてるんだろうなって雰囲気を感じることも多々あった。それが変わったのは――いつだったかな。ちょうどあいつの背が伸び始めて、他の奴らより頭ひとつ抜けるようになった頃からだったと思う。
あまり笑わなくなって、少しずつ学校を休むようになった。いや、もう、絶対に訳アリだろ。分かってんだよそんなこと。丸分かりだからこそ誰も何も聞けなかったんだよ。
繁華街であいつを見たとか、年齢誤魔化してヤバそうな仕事してるとか、そういう噂を聞くようになったのもその頃。たぶんこれ、発生源は誰かの保護者だ。「まだ子供なのにあんな場所にいるなんて……」とかなんとか、自分の子供に言ったりしたんだろう。想像がつく。
高槻の両親を見たことがない。授業参観でも運動会でもただの一度も見たことがなかった。もしかして来ていたのかもしれないけれど、流石に保護者面談には来ていたんだろうとは思うけど……それでもやっぱり少し変だった。
人間、分からないものは怖い。
あいつは周りから遠巻きにされるようになった。怖がられていたのだ。「ちょっと変だな」が積み重なってどうにもならなくなっていた。それまではあいつ自身の愛想のよさで他人の目に入っていなかった「おかしさ」が露呈したから、ああなった。いじめられるような性格ではなかったけれど、遠巻きにはされた。
「高槻は、二面性があったから警戒されていたのか?」
「二面性があることっつうか、そんな完璧に使い分けなきゃいけないとあいつが自分に対して思ってることっつうか……? 張り詰めてて見てる方がしんどかったんだよみんな。あー、そう、『見ていられない』ってやつ」
根拠の無い噂を信じた馬鹿もいたけど、大半の理由はこれだったんじゃないだろうか。だから、中学に進学してあいつの隣に八代がいることが増えて、あいつの雰囲気が少しずつ和らいでいって、「見ていられる」ようになったら他の奴も話ができるようになった。いわゆるサバサバ系の女が一番早かったな。やっぱり心配してたんだと思う。
あ、ちなみにあいつが男に嫌われてるのは家庭の事情とかは全然関係ない。ただ単になんでもできて顔がいいから妬まれてるっつうのと、あとはあいつと一時的に付き合った女が新しい彼氏を作ってからそいつと高槻を比べるせい。高槻くんはあんなことまでしてくれた、こんなことにも気付いてくれた、って言われたらそりゃいい気はしないよな。まあでもこれは高槻もちょっと悪いと思う。無駄に何でもやってあげすぎなんだよあいつは。
「あの……前から少し気になっていたのだけれど、おまえどうしてそんなに高槻のことに詳しいんだ……?」
「俺の記憶力がいいのと、あとは部活? 女が十数人の中に男一人だとあいつら男の目とか気にせず喋るからな。エグいぞ」
「そ、そうか……」
別に好きで詳しくなったわけじゃねえよ。あいつはとにかく人の話題に上ることが多いから仕方ないんだって。
俺だってあいつの歴代の彼女とかマジで心底どうでもいいけど、女ってのは誰それがくっついたとか別れたとかそういう話大好きだからな。今更だけど、自分の所業が女子生徒のネットワークの中であっという間に広まってくの怖くねえ? あいつよくノイローゼにならないな。まあ、噂されて困るようなことはしてないんだろうけどさ。
「はー……確かにただのクラスメイトの野郎の話題に事欠かないってめちゃくちゃ嫌だな。遼夜ので上書きして」
「え、ええ? おれの? 何がだ?」
「ご趣味は?」
「あっそういう……? ううん……読書と、あとは体を動かすこと、です」
「偶然ですね、俺も読書が趣味なんですよ」
「そ、そうですか……いや知っているけれど……」
遼夜、こんな茶番に付き合ってくれるとかびっくりするくらい優しいな……。嫌なら嫌って言わなきゃ駄目だぞ?
お互い敬語なのがなんだか新鮮でツボに入ってしまって、結局そのお見合いごっこみたいな謎の遊びは着替えのために教室に戻るまで続いた。殆どはもう知ってることばっかだったけど、そんな風に思えるくらいにこいつとの仲が深まっていると思えばそれも嬉しい。そして遼夜が制服に着替えるのをぼんやりと外を眺めつつ待っていたとき、俺はつい調子に乗って余計なことまで聞いてしまった。
「お前って好きな奴とかいんの?」
もう敬語ではなかったし、ましてや明確な答えが返ってくるなんて思ってなかった。遼夜は誰に対しても失礼ではない距離感を保って接していたし、あのやばい女の付きまといのせいでこう言っちゃなんだが恋愛にまつわることにはげんなりしているだろうと思っていた。だから俺は、聞いた瞬間は「あのこと思い出させちまったかな」と若干申し訳なく思うことはあれどまさか予想外の方向から殴られるなんて、つゆほども思ってなかったのだ。
遼夜は確実に動揺した。すぐには答えずに学ランを羽織るのにかこつけてそっと目を逸らした。そこから更に数秒経ってようやく、「そういうのは……まだ、考えられないな」とだけ言った。
は? 待ておいなんだその反応?
明らかに何かありますって感じの反応だった。思わず問い質しそうになって、いやいや俺にそんな権利は無いだろと思いとどまる。「奥、帰ろう」遼夜は何事も無かったみたいに笑いかけてくれるから、俺がそれを台無しにするわけにもいかない。どうにか返事をして歩き出したけれど、頭の中は混乱していてめちゃくちゃだった。
え、もしかして遼夜って好きな奴いんの?
にわかには信じられなかった。だって、相手がまったく分からなかったから。失礼ながら部活と家の習い事で凄まじく忙しくしているこいつにそんな暇があるとは思えない。だってこいつ、休み時間は俺と一緒にいるじゃん……なんなんだ……好きな奴とかいたら俺が真っ先に気付くだろ? 違うのか?
あまりにもショック。だってつまり、俺がこいつの友人ポジションに甘んじている間にこいつにちょっかいかけた奴がいるってことだろ。許しがたい……。
すっかり忘れてた、というか考えないようにしてたけど、俺は同性という最大のハンデを負ってるんだった。今のままじゃ駄目だ。誰かにこの立ち位置をとられてしまうのは絶対に嫌だ。見てるだけで満足ってガラじゃねえし、こいつには俺をそういう意味で意識してもらわねえと。
「遼夜」
「うん? どうした?」
「いやなんでもない」
「ほんとうにどうしたんだおまえ……今日少しおかしいぞ……」
俺は決意を新たにする。絶対諦めねえからな……。
もし俺が女だったらさっさと告って既成事実でも作れたんだろうかと一瞬想像したが、遼夜はそんな尻軽女の相手なんて絶対にしないし、不思議と「遼夜が女だったら」とは思わなかった。から、もうこのままこいつには男の俺を好きになってもらうしかないんだよなあ。
瞳に炎を燃やす。運動したわけでもないのに、やけに体の熱い帰り道だった。
やっぱり、遼夜と一緒にいるからかもしれない。