羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

INFO / MAIN / MEMO / CLAP


 うちの学校の文化祭は、部活の規模と比較すると案外盛り上がる方だ。なんと言っても文化部はこの時期くらいしか活動する機会が無いので割と楽しそうに準備してるし、小中高一貫の学校で文化祭も同日開催なので関係者が多い。つまり来校者も多い。
 ここ数年は飲食系の店だけじゃなくミスコンだの何だのの企画も多くて、風紀委員は大忙しなのだ。下校時刻をぶっちぎって作業してる美術部員を追い出したり、廊下でパフォーマンス練習をしているジャグリング部を注意したり、場所の取り合いで喧嘩してる奴らを仲裁したり。
 文化祭が開催されるのは夏休み直後。準備は主に夏休み中に丸投げだ。流石に文化祭前日は一日中、前々日は午後いっぱいを準備に充てているが二日じゃ準備はしきれない。みんな、なんだかんだ夏休みに休日出勤? 休日登校? しているんだけど……。
「高槻お願い! うちのクラスを助けると思ってミスコンに出て!」
 放課後。いつものように授業が終わってさっさと帰ろうとしていた高槻を、クラスの女子が取り囲んでいた。あれだけの人数に群がられても顔色ひとつ変えないのはさすがだなあと思いつつなんとなく見守っていると、高槻はすぐさま「俺そういうの苦手なんだけど……」と大嘘をつく。あいつよくもまあ真顔でかけらも思ってないことが言えるよな。
「いやいや高槻って中三のときそういうの出てたじゃん」
「……あれは不可抗力。どうしてもって言われて」
「じゃあ今回もどうしてもって言うから!」
 なんか面白そうなことになっている。そう、実は高槻って中三のときの文化祭でミスコン出てるんだよね。とは言っても半ば自業自得で、それまでの二年間ずっと文化祭の準備やら何やら全部すっぽかしてなんなら当日もすっぽかしてきたせいで、眼鏡のクラス委員長に宣告されてしまったのだ。『今年こそ何かしら貢献してもらわないとクラスの人に示しがつかない』と。まあ、基本的にみんな真面目だから余計高槻みたいなのは目についたんだろう。高槻があまり学校にいないのをさくらちゃんの看病のためだと知っていたのはオレくらいだったし。三年の文化祭の頃はちょうどさくらちゃんが一番体調のよさそうにしていた時期で高槻も問題なく学校に来られていたから、今なら大丈夫だと委員長は判断したのかもしれない。
 高槻は、『これまでの補填も考えて夏休みの半分くらいは来てもらわないと』と言われて普通に渋った。「えー……」って感じだった。そこで代替案として出たのがミスコン。今思えばこっちが本命だったんじゃないかとオレとしては邪推してしまう。『これにクラス代表として出てくれたら、準備には一切出なくていい。なんなら文化祭の朝は代返してもいい』と言われて、高槻はそれを二つ返事で引き受けた。
 ミスコンって文化祭最終日の大トリのイベントだったんだけど、あいつマジで最終日の夕方からしか学校に来なかった。そして当然のように優勝して帰った。優勝賞品はちゃっかり委員長の懐に納まった。――事の顛末はこんな感じだ。
 去年の高槻はさくらちゃんのことがあってかなり荒れてたから、文化祭準備も当日もサボっている。これはまたしてもあいつの猫かぶりが見られるのか? とオレはちょっとわくわくしていた。あいつ、知らない人が多ければ多いほど愛想がよくなるんだよね。二年前の文化祭、ミスコンのステージ上で『俺、こういうのあんまり慣れてなくて……さっきから緊張しちゃって。恥ずかしいです』とかなんとかはにかみながら言ってる高槻を、クラスの奴らは半ば死んだ目で見ていた。中高の外部生だけでも学校全体の半数以上となれば高槻のことをよく知らない人が殆どだ。同じクラスのオレらの気持ちはきっとあのときひとつだった。詐欺だなあ……って。みんな、あれに騙されるのかなあ……って。
「っつーか、同じイベントに二回も参加できんの? 優勝者はもう駄目みたいなのあるだろ」
「あー、そうなのかなぁ……? なんか今年から文化祭の予算めっちゃ増えたらしくてさぁ、どのイベントも賞品がすごいんだよね。どうせ高槻今年も準備来ないでしょ? だったら得意分野で活躍してもらおーって思って」
 高槻は苦い顔だった。どうせ来ないとか言うな、って言いたそうだった。メインで話をしている女の子は内部生みたいで、高槻の所業をよく知っているらしい。
 まあ高槻が渋る理由も分かる。文化祭の後、あの猫かぶりに見事に騙された子たちの対応がそれはもうはちゃめちゃに面倒だったらしくて、うらめしそうに「もう二度とやらねえ……」ってぼやいてたのを聞いた。被る猫をわざわざ大衆向けにチューニングするからいけないんだよ。
 別に今年は準備も参加するし……と気まずそうに言う高槻。けれど女子たちはこいつを何かしらのイベントに出すのはもう確定させているようで、「高槻は裏方で準備してるより人前の方が価値高まるからそのままでいいよ」と褒めてるんだか貶してるんだかぎりぎりのことを言っていた。遠慮無いな、内部生。
「んー、あ、これとかどう? ベストカップルコンテストある。二人参加だから賞品倍だよ」
「それ女子からも一人出さなきゃだめじゃん」
 あの子でよくない? と女子が口にしたのはこのクラス――いや、学年で一番可愛いと評判の子だった。目元がふにゃっとしてて柔らかい雰囲気で、優しそう。なるほどと思って聞いていたら、意外なことに高槻がストップをかけた。「それは無理」断定的で声も硬かったからびっくりしてしまう。女子たちも、「え、なになにどしたの」と不思議そうだ。
「そいつは無理。一身上の都合」
「えっなにそれ……まあ無理にとは言わないけど。確かにあの子とだとベストカップルなのガチっぽいもんね」
「やめろマジで」
 高槻がこんな、女子に拒否反応示すのって珍しい。というか初めて見たかも……。
 じゃあどうするんの、クミコやる? 嫌に決まってんじゃんこいつと並ぶとか公開処刑すぎる、なんて女子たちが言っているのを横目に、オレは高槻の反応を注意深くうかがっていた。イベントに出ること自体を拒まないのは、やっぱりこれまで積み重ねたサボりの負い目があるからだろう。こいつ、さくらちゃんを看病してた頃から授業は頑張って出席してたけど成績関係ない部分じゃ一切やる気無かったもんな。でも、妙なとこ律儀で断りきれない性格してる。
 日頃の行いって大事だよね、ご愁傷様。さてオレも帰るかと高槻を置いていくことを決めて鞄を持ち上げた瞬間、「あーもう誰でもいい! ステージ上でこいつの隣で五分間耐えてくれる奴なら誰でも!」と言ってる女子と――目が合った。
 あっやばい巻き込まれる。
 瞬時に察したオレは素早く後ろの扉の方へと振り返って一歩踏み出した。けれど強く腕を引かれて三歩逆戻りさせられてしまう。女子に力負けするオレってなんなの……。
「な、なに……」と恐る恐る振り向くと、にっこり笑ったクラスメイト。その表情は、オレにとんでもない無茶振りをしてくるときの姉ちゃんの表情とよく似ていた。
「八代でいいじゃん」
「はい?」
「あんたもベストカップルコンテスト出て。んで賞品持って帰ってきて、高槻と一緒に」
 頭痛がしてくる。「あの、つかぬことをお聞きしますがそれ全然カップルじゃないし男同士でどうやって出るの……?」オレとしては断るために聞いたようなもんだったんだけど、女子たちは軽い調子で返答を寄越してきた。
「え? そこはほら八代が女の恰好で出るんだよ。いけるいける」
「いけねえよ! なんでそんな黒歴史確定なことしなきゃなんないの!?」
「だってほら見てよ! 年パス貰えるの年パス! よくない? 八代もさぁ、委員会大変だろうし準備出なくていいよ」
 文化祭実行委員が作っているチラシを見てみると、確かに有名テーマパークの年間パスポートが賞品として記載されていた。これ、いくらするんだ……というか優勝してもオレの手元には来ないよねそれ?
 どう断ってやろうかと思っていると、高槻が横から「おい……俺はともかくそいつは無理強いすんなよ、サボってるわけじゃねえんだし」と助け舟を出してくれる。やばい、涙が出そうだ。見捨てて帰ろうとしてごめん。
「んなこと言ったって鈴花ちゃんと一緒に出るの嫌なんでしょ? あたしたちだって自分より背高くて自分より顔ちっちゃい奴と並ぶの嫌だし……あ、じゃあ奥は? 奥と八代ならどっちがいい?」
「なんで選択の余地もねえこと言ってくるんだよ馬鹿かよあれと一緒に出るくらいなら俺が一人で女装して女の方のミスコンに出る」
 うわっ正直そっちのが見てえ。っつーかどんだけ奥と一緒に出るのが嫌なの? 女子たちも引き気味に「いやそれは大事故でしょ……もっと自分を大切にしなよ……」と言っている。自分の席で本を読んでいた奥が一連の会話を聞きとがめて、「おい、俺の名前を勝手に出すんじゃねえ」と舌打ちしていた。
「なんだ奥聞いてたの? いいじゃん顔面詐欺同士仲良く参加してきなよ」
「そういうのは遼夜以外はお断り」
「うわっ……津軽くんとなら出るんだ。女装もするの?」
「あいつが見たいって言うならするけどあいつはそんなこと言わない」
「ああそう……旦那さん大事にしなね……」
 オレも奥みたいにきっぱりはっきり断れたらこんな目に遭わなかったのかな……。高槻は色々面倒になってきたみたいで、「なあ俺もう帰っていいか? 別にペアは八代でいいから」ととんでもない妥協をしていた。お前がよくてもオレはよくねえよ!?
「よっしゃ言質とった! 待ってろよ年パス!」
 聞いちゃいねえ。女子たちはオレをにこやかに見て、「メイクはばっちりしてあげるから!」と全然嬉しくないことを言ってくる。もはや逃げられないことを悟ったオレは、「せめてばっちり濃いメイクにして……誰もオレだって分からないように……」と喧噪に掻き消えそうな声で主張することしかできなかった。

prev / back / next


- ナノ -