羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 万里がおかしなことを言い出した。あいつの恋愛観って謎。まだ高校生なのに付き合ったその先を考えてる。真面目だなと思うし、生きづらそうだなとも思う。まあ、あいつの家って金持ちだから気をつけなきゃいけないことも多いんだろうけどさ。ほら、よく言うじゃん。玉の輿狙った女がゴムに穴あけて……ってやつ。ドラマの観すぎ? 実際んとこそういうのってあるのだろうか。
 俺には万里の考え方を真似ることはできない。大牙のもロマンチストすぎて正直引くわ。まあ、あいつはずっと剣道一筋だったからレンアイに対して夢見がちなのも仕方ねーかなと思うけど。茅ヶ崎は茅ヶ崎で何かありそうだった。あれ、どう考えても昔やらかしてますって反応だったよな。あいつに寄っていく女が少なくないのも分かる。あいつ背高いし結構キレーな顔してる。女は、ちょっと怖くて恰好イイ男のことが好きなのだ。口では怖いと言いつつあわよくば隣を狙っている。特に今は、昔ほど近寄りがたい雰囲気もなくなったし。
 で、清水は。清水は……ちょっと苦しい、って言った。その価値観も俺の中には無いものだった。
「清水」
 兄貴が仕事に行って、大牙たちもぼちぼち帰っていって、最後まで残ったのがこいつ。呼びかけるとゆるく首を傾げて近付いてくる。
 万里の質問に対しては「セックスしたいと思ったとき」と答えたけれど、後から考えてみるとこれってあんまり正確じゃなかった。だって俺、たぶんそこまで好きじゃない女とでもセックスできるんだよな。好みじゃなくても擦られれば勃つし、そこは生理現象で仕方ないっつーか。女はさ、女ってだけでなんかイイ。柔らかくてすべすべしている。
 じゃあ、男とだったら? 当然だけどこれはノーだ。硬いし骨ばってるし好き好んで触る気は起きない。そもそも俺ってそんなべたべたすんの好きじゃない。女でも、必要以上にくっつかれるとウザいんだよね。男なら尚更っつーか、想像したくもねーな。他人のちんこ扱くとか普通にヤダ。
 俺は、こちらを見つめて不思議そうにしている清水に言う。
「なあ、お前俺とセックスできるの」
 実は俺たち、キスもしてない。マジで清らかな暁人くんなんだよ。こいつと付き合うことを決めたあの日以来、ハグらしきものすら殆ど無い。今時小学生でももうちょい進んでるんじゃねーの?
 発散しなきゃ溜まる一方だ。要するに俺は欲求不満なのだった。でも清水がいるのに一人でオカズ片手に処理するってのもなんだし、というか当たり前なんだけど女の載ってるエロ本しか持ってねーし、ネットでそういう……ホモ向けっつーの? それ系の動画を探すのもハイレベルすぎる。無理。
 っつーか俺は男が好きなわけじゃねーんだっつの。男の喘ぎ声なんて聞いたら一瞬で萎える自信があるぞ。
 そんなわけで、最近の俺は溜まってどうしようもなくなったらなるべく無心で抜くという修行僧のようなことをしていた。マジで枯れてる。由々しき事態だ。由々しきの使い方ってこれで合ってるっけ?
 俺の質問に対して清水はぴたっと動きを止めて、やがて曖昧に笑った。誤魔化されてやるつもりはねーぞという気持ちを込めて軽く睨む。……あっ、しゅんとした。
「おい、勝手に落ち込むんじゃねーよ」
「ご、ごめんね……えっと、由良はどうしたい?」
「は?」
「ええと……セックスできる、というか、俺は由良とそういうこともしたいと思ってるよ。でも、俺一人じゃできないことだから……」
 無理強いはいやだよ、と言われてなるほどと思う。俺は、こいつとだったらセックスできるんだろうか。男相手は無理だけど、そうじゃなくて『清水宏隆』っつー個人相手だとしたら。それは、前考えたときは「分からない」と保留にしたこと。
 俺はこいつのことが好きだ。ダチとして好きだし、恋愛対象として見られて全然嫌じゃなかったくらいには気を許している。もし俺がこいつとセックスできたとして、それはこいつのことをそういう意味で好きだという証明になるだろうか。俺の曖昧な気持ちを決定付けられる、だろうか。
「……なあ、キスしてみていい?」
 試しにそう言ってみると、清水は「……無理してないよね?」と返してきた。余計なお世話だっつーの。嫌じゃねーならやるからな。
 唇を合わせる。この感触久しぶりだな、とちょっと前の俺だったら天地がひっくり返るような大騒ぎをしていただろう感想を持った。嫌悪感は無い。そのことに少しだけほっとした。俺は別にこいつに流されて同情の結果告白をオーケーしたわけじゃない。そこまでお人よしでも無神経でもない。こいつとの可能性を探りたくなるくらいには、ちゃんと好きだ。改めてそれを実感できたのが、なんだか嬉しかった。
 しばらくはふにふにと唇の柔らかさを楽しんでいたのだが、清水の唇の境をちょっと舌で舐めるとこめかみの辺りに手を添えられて、キスが深いものになる。なーんだ、こいつ自分からこういうことできるんじゃん。
 舌が入ってきても変わらず嫌な感じはしなかった。っつーか普通に気持ちいいわ。久々なだけあるな。
「……ん、由良、へいき? いやじゃない?」
「っは、嫌ならそう言ってるっ……んなこと聞く暇あんなら、好きとか愛してるとか言えねーの?」
 軽い挑発のつもりで、ちょっととげのある響きになってしまったかなと思ったけど清水はそんな俺の言葉をふわふわの笑顔でくるんだ。「ありがとう、すきだよ」と、俺の言葉をすぐに叶えてくれる。
 ほんと、こういうとこはぐっとくる。
 それからは俺も夢中だった。お互いにがっつくみたいなキスは正直かなり新鮮で、興奮する。清水は、のんびりした雰囲気に似合わずちゃっかりキスが上手かった。あーこれ確実に初めてじゃねーな。
 上あごの敏感な部分を舐められて思わず肩が跳ねたのが悔しかったので、その淡い金髪の毛先を軽く引っ張る。こいつはすぐプリン頭になるから、染め直すのが面倒なら黒に戻せばいいのにと思ったりもするがこいつはこれが気に入っているらしい。
「……きもち、いい?」
「んっ……いいから、やめんなよ」
 唾液でぬるぬるの舌が咥内を擦っていくたびに、腰が浮きそうな感覚がする。これ、マジでやべーかも。癖になりそ。
 どれくらいそうしていただろうか。ふと唇が離れて、体温が遠のく。あ、終わり? 俺もうちょいしてたかった。物足りない気持ちで、俺はいつの間にか閉じていた瞼を持ち上げる。
「し、みず?」
 視界に映った表情に驚いた。きっとこんなときもふわふわ笑ってるんだろうと思ってたのに、そいつは切羽詰ったような、余裕のない瞳で俺のことを見ていた。思わず言葉に詰まって、名前を呼んだ後が続かない。
「歯止め……きかなくなったら、こわいから。ここでおしまい」
 声もいつもより少しだけ低い。え、なんだこれ。どうなってるんだ。こいつほんとに清水か? こんな表情できるのかよ。なんだよそれ。
 めちゃくちゃ興奮するじゃん。
 俺は素早く清水ににじり寄ると、ズボンのウエストの隙間から無理やり手を突っ込む。「え、っ!? ゆ、由良、まって」待たねーよ。こいつは私服だとオーバーサイズ気味のゆるっゆるなズボンばっかり履いてて今日もそうだったから、簡単に侵入することができた。生地もやわらか素材だ。手を伸ばした先にあったトランクスもなんだか手触りのいい生地で、こいつは身につけているものまでやわらかいなと感心する。指先でその中心をそっと撫でると、びくりと清水の腰が引けたのが分かった。
「な――なんで、こういうことするの」
「なんで、って」
「俺が頑張ってがまんしてるの、由良ならわかってるでしょ。止まれなくなって由良にこわい思いさせるの……いやだよ。きらわれたくない」
 ここまできて嫌うわけねーだろ。とことんネガ野郎だなお前マジで。
 まあ、同意も得ずにこういうことをするのは俺としても趣味じゃないので、清水の手をそっと掴んで自分の方へと誘導する。腹の下のもっと奥まで。
「なあ、俺のここ、触ってみたくない?」
 さっきまでのキスで若干硬くなってしまったそこは熱かった。なあ清水、俺は久々にこーいうことして盛り上がってるんだけど、まさかキスより先はお預けなんて言わねーよな?
「ほんとに……いいの、俺でも」
「何バカ言ってんだ。お前だからいいんだよ」
「だって由良は、普通に女のひとがすきでしょ。それなのにこんな突然……」
「え、お前も別に男しか無理ってわけじゃねーだろ? っつーか女とヤッたことあんだろ」
 こくりと頷く清水。素直だな。「男だからじゃなくて、由良だからすきになったんだよ」だから俺も同じなんだってば。そう伝えて様子を窺う。っつーかマジで、話が長引くとせっかく期待してる息子が萎えそうだから早くしようぜ。
 もう一度清水のモノに触れる。今度は制止されなかった。形を確かめるようになぞると僅かにふくらんだのが分かる。じれったくなってズボンもトランクスも一気にずり下げて、流石にちょっと焦ったような声をあげた清水そっちのけで俺はあらわになったそれを見ていた。うん、……うん。
「清水」
「な、なに?」
「お前スゲーわ。俺さ、正直自分が他人のちんこ触ったりできると思ってなかったんだよ。萎えるかもってちょっと怖かったけど、全然平気だ。っつーか寧ろ興奮してるし」
 女以外とこういうことするなんて、考えたことなかったのに。お前、たった数ヶ月で俺を変えたよ。スゲー男じゃん。たぶん今でもそりゃ、おっぱい見せられたら少しはやらしー気分になるかもしんねーけど……でも、今はお前のちんこの方が断然興奮するよ。これってすごくね?
 なんだよ、俺こいつのことめちゃくちゃ好きじゃん。
 万里に影響されて難しく考えすぎてたかもしんねーわ。やっぱり俺は自分の感覚を信じたときの方がうまくいく。今の俺は、こいつに興奮しているのだ。その事実だけで十分だった。
「俺、お前のことかなり好き。お前のちんこなら余裕で触れるくらい好き」
 清水は俺の視線の先で、微かに笑う。
「あんまり……うれしくなること、言わないで」
 低い声にぞくぞくする。なあ、その目マジでいい。もっとさあ、俺のこと欲しくてたまりませんって顔、しろよ。
 散々煽ったくせに余裕のない自分がほんの少しだけ恥ずかしくて、俺はそれを誤魔化すように、今の自分が出せるめいっぱい甘い声で清水を誘った。
「とりあえず――この服俺が自分で脱ぐかそれともお前が脱がせるか、選ばせてやってもいいけど?」

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