羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 仲良くしていたとは言っても所詮他人だ。これは高槻から断片的に聞いたことばかりである。一度だけお線香をあげさせてもらって、でもそれだけだった。どうすればいいかなんて分からなかった。オレは両親どちらの祖父母も共に健在で、身近な人の死に接したことがなかったから。ましてや自分よりも年下の子なんて。
 高槻はぱったりと学校に来なくなった。こういう言い方はあれだけど、高槻も介護から急に解放されたことでどうすればいいのか分からなくなっていたんだと思う。燃え尽きた、というやつ。しばらく引きこもっていたかと思えばそれはもう凄まじく荒れた。今思えば、四十九日が終わっていよいよ気持ちの持って行き場が無かったのだろう。
 たぶんこの頃が一番あいつの女遊びが酷かった。完全にやけっぱちの八つ当たり。元々告られて振られてがハイペースな奴だったけど、誰かと付き合うといった形式的なことを一切やめて、初対面の人と一夜限り……なんてことまでしているらしかった。お前は女で身を滅ぼしたいのか? という有様だ。
 いや、本当に破滅したかったのかもしれないけれど。
 その頃のあいつは、学校みたいな身近な場所から相手を選ぶことはけっしてなかった。高槻が少しの間だけでも一緒にいるのは、年上の女の人ばかりだ。
 不思議なことに、あいつはそんな状態になってしまっても、オレからのメールを無視したりはしなかった。オレが連絡すれば必ず反応をしたし、たまには学校来なよと言えばぼちぼち授業に出るようになった。オレはそんな高槻を見てもどかしいようなじれったいような、何かが喉まで出かかっているような、不思議な気持ちを持て余していた。オレはどうすればいいんだろう。慰めるのも一緒に落ち込むのも違う気がして焦ってしまう。オレにできることは無いのだろうか。
「八代、考え事をしながらでは危ないよ」
「っと……ごめん」
 授業後。体育で使ったバレー用のネットを抱えて、足がよろけた拍子に体を支えられた。声の主である津軽は微かに笑って、オレの持っていたネットを半分以上さらっていく。
「わ、ありがと津軽」
「構わないよ。……あいつは休みか」
「うん……」
 津軽は「そうか」と言ったきり黙った。興味本位で事情を尋ねたりしてこないこいつは優しい。
「ねえ……オレこのまま何もできないのかな。どうすればいいんだろ」
 思わずそう口にしていた。事情を一切知らないこいつにそんなことを言っても困らせるだけだと思うのに、不思議とこいつには聞いてみたいと感じた。きっとこいつは、オレの悩みを丁寧に扱ってくれる。
 津軽はそっと目を伏せて、けれどあまり長考することなく答えた。
「……おまえが後悔しないように、最後にちゃんと笑えるようにすればいい」
 ちょっと意外だ。てっきり、高槻のためにどうこうとか、相手を思い遣ってなんちゃらとか、そういう系統のことを言うのかと思っていた。お礼を言って素直にそう感想を漏らすと、「他人の気持ちなんて分からないよ。自分のことすらままならないときだってあるだろう」とそいつは笑った。
「分からないからこそ分かるように努力するし、自分の気持ちが伝わると嬉しいものだけれどね。おまえが笑顔になれることが、あいつにとってもそうであればいいと思っているよ、おれは」
 体育用具室にそっとネットを下ろして、そいつは「……的外れなことを言ってしまったかな」と少しだけ恥ずかしそうな顔をした。慌てて首を横に振る。
「ありがとう。無駄に考えてばっかりでそういうの気が回ってなかった」
「おまえは頭がいいからなあ……おれは来月のテストが不安で仕方ないよ」
 いや、お前そうは言っても平均以上とってるじゃん。英語以外。
 話題のチョイスに気が抜けて笑ってしまう。津軽が優しげに目を細めたので、ああ、だからわざわざこの話題を選んでくれたのかなとこいつの気遣いを改めてすごいと思った。
 放課後、部活が終わってから高槻にメールをした。いつもとはちょっと違うやつ。
『久々にお前の作った飯食いたいな』
 特別な理由があってこの文面にしたわけじゃない。ただ、食事をしながらならうまく喋れるんじゃないかな……という僅かな期待があったのと、あとはやっぱり、料理をしているときのあいつの楽しそうな表情が忘れられなかったから。
 オレとしては土曜日とか、日を改めて会うつもりだったんだけど――予想外にも校門を出た辺りで電話がかかってきた。慌ててディスプレイを確認して、通話ボタンを押す。手のひらに汗をかいていた。スピーカーから聞こえてきたのは、オレが考えていたよりもずっとずっと切実そうな声。
『――――今すぐきて』
 ひやりとした。やばい、こいつ色々ぎりぎりだ。そう思ったら、反射的に返事をしていた。
「さ――三十分で行く! から! すぐ行くから、待ってて」
 もう最悪泊まりも覚悟だ。なんかスピーカーの向こうから女の人のヒステリックな声が聞こえてくる気もするけど知らない。オレは何も聞いてない。
 一番上の姉に連絡を入れて、オレはいてもたってもいられず全速力で走り出した。

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