羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 佑護はしばらくの間放心していた。驚きすぎて涙も引っ込んだみたいで、ちょっと安心。頬に涙の跡が残っていたからそれをそっと指でぬぐうと大げさに後ずさりされる。え、ひどくない?
「佑護、落ち着いた?」
 佑護は首を振った。「む、むり」その仕草がなんだか幼くて笑ってしまう。俺としては、早く佑護の返事を聞きたいんだけどな。というか、ここまでやっておいて全部俺の勘違いとかだったらどうしよう。流石に恥ずかしくて食事の間黙っちゃうかも。
 このまま黙って待っているのもなんなので、「じゃあ落ち着くまでこうしてるね」と言って佑護の体をもう一度抱き締める。心音が速いことに嬉しくなった。どきどきしてくれてるってことだよね。俺もだよ。
 佑護の方が背が高いので完全に体を預ける感じになっちゃったけど仕方ない。いつまでかかるかなあとのんびり考えてたら、三分ちょっと経った辺りで「あの、いつまでも落ち着かねえから、ちょっとまって」とやんわり体を引っぺがされる。あーあ、残念。
 数分ぶりに見た佑護の顔はやっぱりまだ赤くて、ピアスにほんのり色が反射している。たぶんどう話を切り出していいか分からないんだろうなって思ったから、改めて「さっきはいきなりでごめんね。俺、佑護のことが好きだよ」と言う。たっぷり黙りこくった佑護は、開口一番「な、なんで……?」とこぼした。
「えっ、『なんで』ってなんで!? そんな信用ならなかった?」
「や、そういう意味じゃなくて、え、でも、お前のは……俺とは違う、んじゃねえの」
 なにこれ俺もしかして振られかけてる? 恋愛的な意味の「好き」じゃなかったり? 佑護は何がそんなにひっかかっているんだろう。まだ混乱から抜けきっていない様子の佑護になるべく優しく「何が違うの?」と尋ねてみるとそいつはうつむいて、「……俺、ただの仲のいい友達って意味で『特別』って言ったわけじゃない」とまるで叱られているかのように小さくなった。
「それってさ、宏隆が暁人に言ったみたいな意味の『特別』だよね?」
 頷かれる。よかった合ってた。大丈夫、もう一息。
「それってつまりどういう意味?」
 聞けば、佑護の雰囲気が少し変わったのを感じる。なんというか……腹を括った、みたいな。ああ、この感じは覚えがある。本番の試合で目の前には対戦相手が一人だけ。逃げも隠れもしないしする気も無い。目の前の相手しか見えてない、そういう状態。
 真っ直ぐな視線が俺を貫く。
「友達のままじゃできないこと……したい、って意味」
 お前のことが好きだ、と佑護は言った。その声はもう震えてはいなかった。
 言われた言葉を噛みしめて、一秒、二秒。じわじわと実感が湧いてくる。本当はすぐにでもやったーって万歳して大騒ぎしたかったんだけど、それをやるとまた佑護は驚いちゃうかな、と思って我慢した。
 ねえ佑護、気付いてる?
 俺たち両想いなんだよ。これってすごいことだ。
「……俺も同じ」
 手を取ってぎゅっと握った。今度は佑護の体も強張らない。ただ、信じられないって表情で俺のことを見ている。
「きっと俺と佑護の『好き』は同じ意味だと思う。俺もね、色々したいことあるんだ。どうやったら信じてもらえるかな」
 こうやって手を握っていたいし、抱きしめたいし、触れていたいと思う。
 佑護の手の甲は骨ばった部分の皮膚が厚い。拳ダコは消えたと言っていたけれど、こういうところにまだ名残がある。
 沢山傷ついて再生した皮膚は強かった。けっして手触りが良いとは言えないけれど、俺はこの手が好き。俺も剣道を始めたばかりの頃は手のひらに豆ができて皮が剥けたり血豆が潰れたりで見た目が酷い有様だった。そんな話をしたときに、「俺も、自分の手グロいなって昔は思ってた」と佑護が笑ってくれたのを今でもよく覚えている。
「どうしよう……なんて言えばいいんだろ、俺、ほんとに佑護のこと大好きなんだ」
 佑護は俺のことをじっと見つめていた。「……なあ、もう、聞かなかったことになんてできねえんだけど」そんな台詞と共に腕を掴まれて、俺は「寧ろずっと覚えててほしいくらいだよ」と思わず笑みがこぼれる。
「期待していいのか、俺」
「いっぱいして。佑護が安心できるまで何度でも好きって言うから」
「お――俺だって、好き、だし」
「うん。大丈夫、ちゃんと伝わってる」
 なんかだんだん「どっちがたくさん好きって言えるか勝負」みたいになってきたから一旦落ち着こう。佑護はまだぼんやりとした夢見心地という感じで、「……やばいまた泣きそう」とかわいい自己申告をしてきた。
「佑護が案外涙もろいって知ってたけど、悲しくなくても泣くんだね」
「……うっせえよ。悪かったな似合わなくて」
「ううん。俺だけが知ってるって思うと役得だなって思う」
「や、役得ってお前……あー、いや、なんかどっと疲れた……」
 本当に、気疲れからなのかぐったりしてしまった佑護。これはもう外に夕飯食べに出かけるのは無理だな、と思って本日のディナーは自炊に決める。出前でもよかったのかもしれないけど、今、俺たちの間に他の誰かを挟みたくなかった。
 佑護だけ見ていたかった。
「…………あー! やっぱ静かにしてるの無理! ねえ、俺たち両想いだよ、すごくない!? めちゃくちゃ嬉しい!」
 結局我慢できなくなってそう叫んだ俺に、佑護は目をぱちくりさせて恥ずかしそうに笑った。それがまた嬉しくて、やったー、って言って佑護に抱き着いた。今日何回目だろう。何回やってもいいなあ、これ。
 佑護は気持ちが落ち着いたのかぽつぽつとこれまで考えていたこととか思っていたこととかの話をしてくれた。きっと初めて会ったときからお前は俺の特別だった、と言われて、あのとき無我夢中で駆け出した自分を内心で褒め称える。
 俺もお返しに話をした。他の奴らの前じゃ見せない表情を俺の前でなら見せてくれるのが嬉しいと言ったら、佑護はあまりそれを自覚していなかったみたいでしきりに首を傾げているのがなんだかおかしい。やがて探るような目つきで、「……お前の、普段は見られない目が好き」と言われて今度は俺が首を傾げる番だった。
「初めて会ったときに見た。ギラギラしてて、なんか……見られてるとぞくぞくする。武者震い? みたいな?」
 武者震いって。俺たち戦うの?
 佑護が俺に抱いてるイメージの理由がなんとなく分かってきた気がする。今日学校から帰ってくる途中に言ってた、「一撃で敵を仕留められる」とかいうやつもその流れでしょ。
 もしかして大会の日に佑護が挙動不審だったのも、俺の試合後の昂りにあてられてたからなのかな。
 今だって俺、十分昂ってると思うんだけどね。
 俺は試しにぐっと佑護へと身を寄せて、手首の少し下辺りを掴む。意図的に、強く。見つめる先にいる佑護はやっぱりほんのちょっぴり挙動不審。隠そうとしたって分かる。ちゃんと反応してくれてるの、嬉しい。
 今からやろうとしてるのはずるいことだ。
 何か言われる前に、俺は佑護の唇にそっと自分の唇をくっつけた。かさかさしてる。触れただけなのにとても満たされる感じがして、もう一度唇で触れる。
「…………ぞくぞくした?」
 再び顔を真っ赤にしてしまった佑護は、もしかして俺の声なんて聞こえてないかもってくらいに硬直して口をぱくぱくさせている。ちょっとやりすぎちゃったかな。でも、友達じゃできないことしたいって、こういうことだよ。
 答えが返ってこないのをいいことにまたキスをする。はやくしないとどんどん先に進んじゃうからね、なんて、俺はずるいのでこれは口には出さなかった。

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