羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 結局夏休みはオレが長期帰省してたり何だりで、高槻とはちょくちょくメールをするくらいしかできなかった。あいつは相変わらず返信が早くて、文面はそっけないけれどきちんとオレの言ったことに応えてくれる。
 夏休み明けにお土産を渡したら不思議そうな顔をされた。いや、オレは高槻の友達っつーポジションをかなり気に入ってるし、そんな顔をされても困ってしまうのだけれど。あいつは甘い物が好きだから地元で一番有名なお菓子を買って帰った。オレもね、そんなに量は食えないけど美味いと思うよ。
 そういえば、部活は入ってなかったんだけど九月から風紀委員になった。この学校、偏差値は高いけど部活はそんなに盛んじゃないみたいで運動部も文化部もピンとこなくてこれまで無所属だったから、まあ委員会くらいならやろうかなと思って。
 高槻からは、「お前は文化祭実行委員って感じだけど」なんて言われた。そんなにお祭り騒ぎ好きそう? 確かに楽しそうだけどね、文化祭実行委員。風紀委員は誰もやりたがらなかったから、っていうのも理由のひとつで、でも最大の理由は他にある。
 実はオレ、両親が警察官なのだ。
 色々面倒なので公言はしていない。父親がいわゆるキャリアで、母親はノンキャリア。確か今は少年課だったかな? 自分で言うのもなんだけど至って普通に育てられたオレは至って普通に両親やその仕事に憧れを持っていて、要するにこれは親のやることを真似したがる子供そのものなのだった。
 将来は警察官になりたいなと漠然と思っていたんだけど、現場に出る人たちは身長体重に制限があるということを調べて悲しみに暮れたのはそう昔のことではない。母さんも姉ちゃんも身長百七十はあるんだけどな。父さんがそこまで高くないからかな。
 校門に立って、先輩の隣について服装検査をするのはなかなか新鮮で面白かった。あんまり細かいとこまで見るの、面倒だけどね。
 ニートのような立場から脱出し夏休み明けからの行事のラッシュをなんとなくこなしていったオレは、あっという間に中学一年目の冬を迎えていた。高槻は相変わらず出席日数ぎりぎりで、行事やら何やらには消極的で、女子には愛想がよくて人気があった。そして冬休みまであと四日となったある日、珍しく高槻からオレの携帯にメールが届いたのだ。
『何日か休む。終業式間に合わないかも』
 えっそれはまずくない? と思った。たぶんこの数日で冬休みの宿題が出されるし、連絡事項もここにまとまってる。
 一体どうしたんだろう。風邪ひいたとかかな。聞くに聞けずに不安なまま一日、二日、三日、と過ぎて、終業式の日の朝にオレは一言だけのメールを送った。
『届けに行こうか』
 たったそれだけだったけどきっと伝わったはずだ。珍しく返信に時間がかかって、返ってきたのは『ごめん』という謝罪の言葉と、二行ほどにわたる住所だった。
 オレは正直、このときかなり嬉しかった。謝られてしまったのは微妙だったけど、断られなくて、頼ってもらえた、って思ったから。
 さっそく先生に事情を話してプリントや課題の類を貰って、終業式が終わってからオレはいつもと違う電車に乗った。携帯のディスプレイに映る住所をとっくりと眺める。
 あいつの家はどうやら繁華街にあるようだった。そこはオレでも知ってるくらい有名な地名で、もしかしてあいつが危ないバイトをしてるって思われてるのはここが生活圏内だからかな、なんて想像してみたりする。
 交番で道を尋ねて、まだ日が高いからか閉まっている店を横目に歩いていくとそのマンションはあった。
 インターホンを鳴らすと、数秒経って静かに扉が開く。
「よっ。宿題とか諸々届けに来たよ――――んん?」
 オレは思わず目を見開いてしまった。高槻が、繁華街のマンションよりは日本家屋が似合うような着流し姿だったからだ。高槻はオレの疑問には触れずに「わざわざ悪かった。……外は寒いな」とだけ言って、微かに笑った。


 今回、高槻が学校を休んでいることはきっとあまり詮索されたくないことなのだろうと思っていたから、オレとしては届けるものを届けたらすぐ帰るつもりでいた。八割くらい。でも、高槻は「流石にここですぐ追い返すほど人間廃業してねえよ」とオレを家にあげてくれた。
 目のやり場に困る。初めて来る家って、なんかじろじろ見るのも悪いしどこ見ればいいか分からないよね。散々迷ったオレは、キッチンに立ってお茶を淹れている高槻の後ろ姿を見ていた。彩度の低い藍色の和服はこの季節には少し寒々しい。そもそも冬に着るものじゃない、よね?
「お茶、あったかいのでいいか?」
「あ、うん。ありがと」
 さっそく口をつけると香ばしさが鼻に抜けていく。「美味いね」と思わず言うと「ほうじ茶」と返ってきた。
 さて、オレはどこまで聞いていいんだろう。
 そんな風に思う。別に高槻が話したくないなら話さなくてもいいと思っているけれど、気になりはする。
 高槻は、椅子に座るかと思いきや「あー、ちょっと待っててくれ」とどこかへ行ってしまった。小さく声が聞こえるけれど内容までは分からない。もしかして他に誰かいるんだろうか。
 声が途切れて、気まずそうな表情の高槻が戻ってくる。
「どしたの、大丈夫?」
「……悪い。どうしても見たいって言って聞かねえ」
「えっ何が? 話が見えてないんだけど」
 ぺた、ぺた、と高槻のものではない足音がするのに気付いた。視線を向けると、壁の死角からすっと出てきた女の子が一人。この子も浴衣のようなゆったりした和装で、腰くらいまでの髪に血管が透けそうなくらい白い肌。高槻と顔の系統は全然違うんだけど、それでもめちゃくちゃ整った顔をしている。
「はじめまして、こんにちは。お兄ちゃんの妹です。高槻桜です」
 ぺこり、と頭を下げてその子は――さくらちゃんは恥ずかしそうに笑った。
 オレは色々と察してしまう。まだ口調に幼さの残るその子は、見るからに……健康とは言えない、様子をしていた。

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