羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 茅ヶ崎佑護という優しい名前を持つ彼を大牙が連れてきてから、時折一緒に昼食をとるようになった。どうしてだかおれは最初のころ彼に少し警戒されていたようで、気付かないうちに何かしてしまっただろうかと心配だったのだがだんだんと会話が続くようになってきた。茅ヶ崎くん、と呼んでいたのを下の名前でいいと訂正されてから、少しずつ打ち解けてくれるようになったと思う。
 特に大牙とはとても仲良くなったみたいだ。昼休み以外にも教室で喋ったりしていることがあるし、内部進学者のクラスメイトがそれを見てたいそう驚いていたのはまだ記憶に新しい。佑護は大牙と喋っているときはよく笑うので、元々の顔立ちが柔和なのもあってとても優しそうに見える。
 佑護は普段わざと粗暴そうにふるまうきらいがあるけれど、顔のつくり自体はそんなにきつくないというか寧ろ柔らかいのだ。黙っていると目つきが悪いといって怖がられてしまう自分とは正反対である。少し羨ましい。おれの視力はけっして悪くはないのだが、これは母親からの遺伝だから仕方ない。なるべく誤解を受けないように、柔らかい物腰を心掛けているから許してほしい。
 新学期が始まってすぐはあんなに機嫌の悪かった暁人も、すっかり元通りだ。そういえば読書感想文用に貸していた本は始業式の日に返してもらって、黙っているのもなんだかなと思ったので兄さんにちらっとそのことを伝えておいた。案の定恥ずかしがらせてしまったが、同じくらい嬉しそうにしていたので言ってよかったなと思う。


 おれはその日も、部活が終わってから携帯をチェックしていた。夏休みが終わってから部活の大会に向けて忙しくしていたときに、セツさんとメールでやりとりするようになったのだ。
 出勤途中で百日紅を見つけた、綺麗だった、というような言葉と共に画像が添付されて送られてきたのがきっかけだった。鮮やかなピンク色が夏の日差しに照らされているのは確かにとても綺麗で、届いたメールの文面がなんだか嬉しそうな感じだったこともあって、いつもなら一往復で終わるメールのやりとりが日を跨いでそこそこ長く続いた。
 それ以来、おれはセツさんのメールに対して最低限のこと以外も付け足して返すようになった。部活のこととか、色々だ。セツさんも、店に来る面白い常連さんの話とかをしてくれる。これまで一往復で済んでいたものが三往復くらいになった、程度の変化だったけれど、セツさんとのメールは楽しい。
 やっぱり大勢のお客さんと接するお仕事だからだろう。セツさんの話は面白いし、丁寧だ。おれ一人に割いてくれる時間がいささか長すぎるように思えて申し訳ない気もするが、「マリちゃんと話するのは仕事とは全然別だから気にしないでよ」と言われたので素直に楽しむことにしている。仕事に関係なく親しくしてもらえているということなので、嬉しい。
 おれはいつも通り返信を終えて鞄を抱え直す。今日は、高槻さんのお店にお邪魔する予定なのだ。本当はもっと早く伺ってお礼を言うつもりだったのだけれど、たまたま行った日が定休日だったり部活が忙しかったりしたのもあってこんなに遅くなってしまった。こんなことなら暁人か大牙についてきてもらえばよかったかもしれない。まあ、前回会ったときの高槻さんの視線が気になったので敢えて一人で来たというのもある。今日は部活が早く終わって、しかも金曜日なので少々長居するにはちょうどいいだろう。
 高槻さんのお店のある二階へと続くらせん階段を踏みしめる。ここはとても緑の多い店だ。店内ももちろんなのだが、階段の柵にも蔦のような植物が這わせてあったり、色鮮やかな花が咲いていたりする。おそらく季節によって変わるのだろう。今はコスモスとパンジーが下の花壇のところに咲き誇っていた。この花も高槻さんが世話をしているのだろうか。
 ガラス越しに店内を窺うとまったく人影が無くて、まさかもう閉店しているのでは……とドアの取っ手に手をかける。よかった、開くみたいだ。
 恐る恐る開けたからかドアベルが殆ど鳴らなかった。なんだか忍び込んでいるみたいだな。おれは少しだけ気まずくなりながら店内に足を一歩踏み入れた。

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