羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 その日は大牙のとこにアポ無しで押しかけたら何故か学校に行くところに出くわした。暁人も来る? と言われて、暇だからまあいいかと付き合うことになる。どうやら新学期でまた部活が始まる前に一度防具や竹刀の手入れをしなければならないらしく、それを取りに行くところだったみたいだ。
「俺も半分持ってやるよ」
「え、どうしたの急に……ありがとう」
 徒歩五分ほどの距離をぼちぼち歩いて、人気の無い剣道場を物珍しく感じながら大牙が出てくるのを待っていると「暁人?」と声をかけられた。
「万里じゃん。お前今日も部活あったの」
「うん、弓道部は大会これからだから……」
「俺いま大牙待ち。ただ待ってんの暇だし付き合って」
 笑って頷く万里は珍しく弓らしきものを抱えていた。どうやらこいつも、新学期が始まる前に手入れを……とのことらしい。運動部ってこういうことする時期被るんだな。
「あ、そうだ、万里」
「うん? どうした」
「宿題終わった」
 これはきちんと報告しておかないと、と俺は万里の様子を窺うと、そいつは安心したように笑って「よかった」と言った。今日会えるなら、借りていた本を持ってきておけばよかったな、なんて思う。
 万里の家に泊まった日、さすがに読書感想文は今日のうちには無理っつーことで保留になってた。俺は真面目な本なんて全然持ってなくて、そんな俺を見かねた万里が本を貸してくれたのだ。
「本返すの始業式の日でいいか?」
「いいよ。どうだった? 面白かった?」
 問いかけに頷く。正直、その借りた本の作者の名前なんて全然知らなかったし、表紙が綺麗って理由で選んだ本だったから最後まで読めるか微妙だったんだけど、ひとつひとつの話が短くて読みやすかった。短編集ってやつだっけ。大牙は、「少し前に何かの賞とってた本だよね」と言っていたから結構話題になった本なのかもしれない。
「よかった。兄さんも喜ぶよ」
「? なんでお前の兄貴?」
「兄さんの本だからね。ああでも、勝手に貸したから恥ずかしがってしまうかも」
 どうやら万里の私物ではなかったらしい。やばいな、俺が読んだせいで汚れてたりしたらどうしよう。にしても、万里の兄貴って本棚見られて恥ずかしがるタイプなのか。まあ好きな本ってかなり性格出るとかよく言うしな。普段漫画しか読まねえ俺はなんなんだろ。
 と、そこに大牙が帰ってくる。「あれっ、なんか増えてるし」と驚いた様子のそいつは随分と大荷物だ。
「やーっときた。おっせーよ大牙」
「ごめんって。万里も付き合わせちゃったみたいでごめんね。ほら、帰ろう」
 歩き出した大牙の歩調はゆっくり。たぶんこの三人の中だと俺が一番歩くのが遅い。こいつらは別に何も言わなくても合わせてくれるから、いい奴らだなと思う。
 大牙の荷物を半分――というか、防具の入った袋の方を持ったらめちゃくちゃ重くてびっくりした。竹刀の方が軽いのにと言われたけど、振り回して遊びたくなるから駄目なんだよ俺は。

 そんな感じで学校からの道のりを歩いていたときのことだった。
 隣にいたはずの大牙が急に駆け出して、俺は思わず防具の入った袋を取り落としそうになってしまう。なんだ一体、と行き先を目で追うと、ぼんやり霞んだ視界に喧嘩をしているのであろう奴らがいるのが見えた。どうやら一対多で、おまけに地面に這いつくばっているのは多の方だ――と、そんなことを考えている間に大牙が竹刀の入った袋を下から跳ね上げて、その多のうちの一人の手から棒状の何かを弾き飛ばす。
「万里、俺実は目悪いんだよね。解説して」
「ええ……? っと、喧嘩してる劣勢の方のひとが、あの強そうな人の後ろから殴りかかろうとしたのを大牙が止めた、って感じ。なんだろうあれ、鉄パイプとか……? ごめん、うまく説明できなくて。というか暁人それ持って走れる? なんかこっち来てるみたいだ」
 りょーかいりょーかい、要するに得物で相手を不意打ちしようとした奴を大牙が防いだ、って感じか。あっぶねーな、頭に当たったら大怪我するだろ。ガキの喧嘩で済む範疇分かってねーのかよ。おまけに負けてるし相手一人だし、とことんダセェわ。
 大牙は、たった一人で大立ち回りをしていたらしいその誰かの腕を引いてこっちに走ってきている。んなことしなくても相手は既に戦意喪失って感じだけどな。とどめ刺したの大牙だし。
「……うわ」
 そいつらの顔がきっちり判別できるようになるくらい近くまできて、俺は思わずそんな声をあげてしまう。なんでかって、大牙が引っ張ってきたそいつの顔にかなり見覚えがあったからだ。
「……大牙お前、よりによって特大の爆弾拾ってきたね」
「えっごめん何言ってんの!? とりあえず俺の家行こう、こめかみぱっくり切れてるから止血しないと」
 え、マジで? お前が連れてきた奴、余計なことすんなって顔してるけど。
「……別にいい。余計なことすんな」
 と思ったら喋った。大当たりかよ。
 けれど大牙だって伊達に俺の幼馴染やってない。こいつのお人好しは筋金入りだ。母親が看護師だからってのもあるだろうけど、他人の怪我に敏感。こうなったら意地でも連れて帰るだろうな。
 案の定大牙は「そんな血だらだら流して言うことじゃないから! 心配されたくなかったら三秒以内に血止めてみろ」なんて無茶振りしている。
「……万里、なーんか面倒そうなことになったんだけどお前ちょっと付き合ってよ」
「いいけれど……大丈夫かな? 彼」
「大丈夫だろ。あいつにとってはんな珍しいことでもないだろうし」
 万里が、もしかして知り合い? という表情をしたので否定しておいた。俺が一方的に知ってるだけ。というかお前らが知らないのにびびったよ。あいつ中学のときからかなり有名だったのに。
 俺は半ば大牙に引きずられるようにして歩いているそいつを見て、無理やり振りほどかないんだなと少しだけ意外に思いつつ二人のあとを追った。

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