羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「ねえねえ、八代くんって高槻くんと仲いいんだよね?」
 中学生になると女子って途端に色恋に目覚めるよね。あれなんなんだろう。
 オレは、もう通算何回聞いたか分からないくらいにテンプレ化した女子の台詞に少々げんなりしつつも返事をする。
「ん、まあねー。あいつがどうかした?」
「メアドとか知りたいなーって! ほら、せっかく同じクラスになったし。八代くんのも教えてよ」
「オレのはいいけど、あいつのはあいつに直接聞いて。っつーかオレあいつのメアド知らないよ。携帯持ってるかどうかも分からないし」
「えっ嘘!? 意外ー! 絶対知ってると思ったのにー」
「あはは、ごめんねー役に立てなくて」
「ううん。こっちこそごめんね! よく考えたら本人に直接聞かないって失礼だよね。えっと、赤外線できる?」
 あれ、思ったよりもいい子だった。そうだね、又聞きは失礼だ。でもごめん、嘘ついちゃった。本当は高槻の連絡先知ってるけど知ってることを知られると面倒なので教えません。連絡先を交換するために携帯をカチカチさせながら、内心でこっそり詫びる。そして、高槻のことを思い出す。
 あいつの携帯には、番号がみっつしか登録されていなかった。
 最初に見たときは驚いた。ちょっと前、高槻が六限までちゃんと授業に出てたときに、オレもすぐ帰る予定だったから途中まで一緒に帰ろうよとダメ元で声を掛けてみたら割とあっさりオーケーされて、そのときのことだ。
 あのときオレはなんと言ったのだったか。確か、急な連絡事項があったときに休んだり早退したりしてたらどうするの、そういうとこちょっと心配だ、みたいなことを言った気がする。誰かに聞いている素振りが無かったから。
 あいつはちょっと迷うような様子を見せて、鞄から雑に携帯を取り出してオレに示した。
 お前さえよかったら適当に登録して、と言われて、思わず「えっよくないパターンって何?」と頓珍漢な受け答えをしてしまって笑われた。高槻は言葉少なだけど、言いたいことはちゃんと分かった。何かあったら連絡していいってことだよね? そのくらいにはオレのこと信頼してくれてるって思っていいのかな。そんな風にうかれちゃったんだけど。
 携帯丸ごと渡されたし勝手に操作しちゃうぞと電話帳を開いて、正直見なければよかったと少しだけ思った。
 家と、病院と、名前の部分が空白になった番号。あいつの電話帳に記録されていたのはそれだけ。えっ嘘だろ、と思ったけど何度見てもそれ以外の番号は浮かび上がってこない。なんとなく、女子の番号で埋まってんだろうなと思っていたオレの予想は見事に外れた。確かにこの歳で同年代の全員が携帯を持ってるわけじゃないけど、高槻だったら年上の女の人とも交流ありそうだってイメージしてたのに。
 何故だかとても気まずくて、無言で操作して番号とアドレスを登録する。
「なに黙ってんだ?」
「な、なんでもない……」
「……ああそうかよ」
 そのときの、気まずいというか重たい雰囲気を未だに覚えている。たぶんあのときの高槻は、オレが動揺を誤魔化そうとしたのが嫌だったのだろう。誠実ではなかったな、と後悔した。オレがあそこでビビッてなければ、もしかして、何か話してくれるきっかけになったかもしれないのに。
 クラスメイトの女子と連絡先を交換して、その子が離れていったのを確認してからオレはそっとメールの受信ボックスを見る。
『今日は二限から行く』
 一行だけの素っ気ないメール。高槻は、オレが連絡したらちゃんと返してくれた。おまけに結構返信早いし、マメだった。きっと、オレが興味本位とかじゃなくてあいつを心配して言った、っていうのを汲み取ってくれているから、かな。あいつは優しい。
 そういやもうすぐ中間テストあるけど高槻大丈夫なのかな、とかなりお節介な心配をしつつオレは携帯を鞄に突っ込む。
 実は校則違反なんだよね、学校で携帯出すの。


 昼休みは、高槻がいれば一緒に昼飯食べてる。一度くらいは屋上で食べてみたいと駄々をこねたらついてきてくれた。こいつ案外付き合いいいぞ。
 オレは両親共働きだから飯はコンビニが多い。姉ちゃんたちが代わる代わる作ってくれようとしたこともあったけど、流石に負担だろうし姉ちゃんだって学校で忙しいから別にいいよって言ってある。というか、オレの家族は父親以外炊事があまり得意ではない。はっきり言って片付けに時間がかかってばかりで労力と結果が見合っていない感じがひしひしとする。オレはそれが家庭の味だったから特に文句も無いけど、きっと苦手なことをやり続けるのはつらい。だったらオレはコンビニとか購買とかのパンでいい。ここの購買のパン、結構美味いしね。
 オレはちらっと隣の高槻を見た。高槻は、いつも弁当を持ってきている。しかもかなり彩よくて美味しそう。お母さんが料理得意なのかな?
 にしても弁当箱でかいな……と自分の昼飯との差に驚いていると、高槻はふっと顔を上げた。こいつは食事中は静かだ。ガラの悪そうな見た目に反してお行儀がいい。
「……どうかしたか?」
「あ、いや、高槻の弁当いつも美味そうだなーって! 美味そうな上に綺麗ってすごいね」
 オレの母さん料理苦手だからさ、と何の気なしに言って、アスパラベーコンを掴みかけていた高槻の箸の動きがぴたりと止まってしまったものだから、瞬時に「失敗した」と思った。
 オレは今何か、言ってはいけないことを言った。
 内心どきどきしながら謝るタイミングを見計らう。何も分からないのに謝るのってどうなの、と思うけど、でも、きっと傷つけたのは確かだ。
 けれど高槻は、ふっと目元を緩めて笑った。その笑い方があんまり優しそうだったから、言うべき言葉を見失う。謝らなくていいと言われた気がした。
「これは、俺が作ってる」
 短く紡がれた言葉を咀嚼するのに時間がかかる。俺が、作ってる……って、え、ちょっと待って。
「自作!? お前が作ってんの!?」
 思いの外大きな声が出て、高槻はそんなオレの声にびくっと肩を跳ねさせた。なんでそんな驚いてるんだ、みたいな目でオレのことを見るそいつは、さっきよりも小さい声で「作るの、好きだから」と言った。
「え、ほんとに? これ全部お前が作ってんの? 毎日?」
「まあ、一応」
「うわあマジか! すごい! えっマジですごい、っつーかひとくちちょうだい。食ってみたい」
 ぽろっと口に出してから図々しすぎたかなと思ったけれど、高槻は気を悪くした様子もなく笑って弁当箱をオレに渡してくれる。「好きなの食えば」箸も使っていいとのことだったので、せめて箸本体に口が触れないように注意しつつ卵焼きを口に放り込む。
「……うっま!」
 それはもう大はしゃぎしてしまった。どうやら出汁巻き卵だったみたいで、じわじわ口の中に広がる出汁の風味と塩気の塩梅が絶妙だ。マジで美味い。母さんが作ったのよりも美味いっつーか、オレの母さんはたぶん出汁巻き卵とか作れないな……。これ、冷めてるけど美味い。あったかいともっと美味いんだろうな。はー、いいなあ。
 よく考えたらオレは甘いものが苦手で甘い味付けもあまり好まないので、高槻の作った卵焼きが甘くなかったのはオレにしては珍しく運がよかったのだろう。ごちそうさま。
 それから授業の始まる予鈴が鳴るまで、オレは高槻の弁当を褒めちぎることに全精力を注いだ。最初は普通に褒めてたんだけど高槻が妙に恥ずかしそうにしてるのがなんか面白くて年相応だったのでつい。こいつ、顔を褒めても眉ひとつ動かさない、というか寧ろ不愉快そうに眉を動かすくせに料理褒めるのは喜ぶんだ。新発見だった。
 あまりにオレが褒めまくるから高槻はオレの食生活が心配になったらしく、「お前普段どんなもん食ってんだよ……」と気遣われてしまった。いや、でも、マジで感動したんだよ。アスパラベーコンも食いたかったけど我慢したよ。
「同い年でこんな美味い卵焼き作れる奴がいるのに感動しちゃった……ごちそうさま。貴重な体験だった」
「大袈裟すぎだろ。別にこのくらい、いつでも食わせてやるよ」
 そういうこと言われると本気にしちゃうってば。オレは上機嫌で立ち上がる。午後の授業も頑張れそうだ。
 今日の発見その一。高槻は料理がめちゃくちゃ上手い。
 発見その二。こいつが料理を褒められたときに見せる笑顔は……結構かわいい。

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