羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 どうやらこの学校、半数くらいは小学校からそのまま持ちあがりで進学してきているようだ。どうりで所々やけに気心知れてそうな感じだと思ったよ。そして、高槻も小学校からの持ちあがり組らしい。聞いてもいないのに周りの奴らが教えてくれた。というか、警告してくれた、というか。
「お前、よく高槻に近づく気になったよなー」
「え、なんで? 普通にいい奴だと思ったんだけど……」
「うわ、八代騙されてる! あいつちょっと怖くない?」
「そ、そうかな……?」
 確かに初対面のときは物凄い対応をされたけどそれ以降は普通だし。オレの前だと、にこにこしてるとは言わないけどちゃんと笑う。愛想笑いっぽくなくて寧ろ好印象だったんだけど。
 高槻って、男と女で随分対応が違う。初対面のときのあれは、オレが男だからああなったんじゃなくて女用の対応をしてしまったのが予定外でああなったらしい。本人に直接聞いた。なんでも、あれが一番面倒じゃないんだとか。対応を間違えると女の方が面倒だから気を遣っていて、それは割と疲れることで、だから無駄撃ちするのが嫌なんだそうだ。オレには何も関係無いよねそれ……。
 ともかく、高槻は男が嫌いなわけではない。女が特別好きというわけでもない、みたいだ。このことでオレが分かったのは、高槻がめちゃくちゃ面倒な性格をしているということくらいだった。
 目の前のそいつは内部進学者なのか、少し気まずそうに「いや、昔はあんなんじゃなかったんだけど」と僅かに声のトーンを落とす。
 昔。昔かー。あいつランドセル似合わねえな。想像したら笑える。まあ確かに、誰かと特別親しくしているところは見ないんだよね。周り、知り合いばっかりなはずなのに。
「話しかけても無愛想だし、中学生に見えねえしさ」
「あー。背高いしね、大人っぽいよね」
「……年齢偽って危ないバイトしてるって噂、あるし」
 思わず無言になる。たぶん、オレを気遣って言ってくれてるんだとは思う。何も知らない奴が巻き込まれそうになってる、みたいな? 心配どうもありがとう。でもねー、申し訳ないけどオレ、そういう裏でこそこそするの大嫌いなんだよね。何事も自分の目で確かめたいタイプだから。
 なんとなく、こんな話に参加してしまっていることが高槻に対して申し訳なくなった。なので、「高槻そこにいるけど」とさっきから視界の端にいた奴の名前を挙げる。すると、やはり知り合ってそこそこのオレよりも自分の身の方が大事なのかそいつはびくっとしてオレの席から離れていった。
 オレは、複雑そうな顔でオレのふたつ隣の席に座った高槻に声をかける。
「おはよ高槻。相変わらず重役出勤じゃーん」
「ん……はよ」
「お前って朝苦手なひと? それとも密かに病弱設定だったり?」
「ちっげえよ。誰が病弱だ馬鹿」
 高槻はあまり学校にいない。まだ学校が始まって三ヶ月弱だけれど、遅刻欠席早退が物凄く多い。不良か何かなのかと最初はびっくりしたが、なんとなく観察していてそうでもないらしいと推論した。オレはね、自分で言うものなんだけど頭の出来は結構いい。
 まず、高槻は遅刻欠席早退はしても学校にいるのに授業をサボることは絶対にない。授業を聞いている様子も真面目。ノートの字も案外綺麗。先生に当てられても普通に答えるし、保健室に行ったりもしていなさそう。
 そしてこれは偶然見かけたことなんだけど、あいつ、たまに職員室で課題みたいなの貰ってる。日直で学級日誌を担任に届けに行ったとき、立ち聞きしてしまった。たぶん出席日数を補うための課題なんだと思う。不良だったらそんなことしないよね。
 遅刻が多く週に一回程度早退もしていくが、そうでない日は授業が終わると慌ただしく教室を出ていく。お前それ半分走ってるだろ、くらいの勢いでどこかへ行く。謎だ。しかも足速いんだよなあ、高槻って。運動神経めちゃくちゃいい。体育の初回のスポーツテスト、シャトルランで最後まで走ってたし。体は硬かったから思わず笑ったけど。
「まあ元気ならいいんだけどさ。出席日数足りなくならないように気を付けろよー?」
「お前に言われなくても分かってんだよ……まあ、どうせ高校は行かねえし」
「えっ!」
「……中学は義務だから」
 苦々しそうな顔でぽつりと呟く高槻にそれ以上何も言えなかった。学校、嫌なのかな。オレら生徒の立場からしたら中学は義務っつーか権利なんだけど。そんなとりとめのない思考ばかりが流れる。
 オレは、このまま当たり前のように高校も大学も行くような気持ちでいた。漠然と。でも隣にいるこいつはそうじゃないらしい。
 色々気になることはあったけれど、でも、オレが聞いていいことじゃないのだろう。
 うーん、なんかもやもやするなあ。もうちょっと仲良くなったら話してくれるかな。というかオレはこいつと仲良くなれてんのか?
 なんとなく波長が合ったというか、初対面のあの日以来話すことが増えて、こいつもそれを拒否しなかったから一緒にいた。他の奴には愛想笑いか無表情のほぼ二択なこいつが、何故だかオレの言葉には笑ってくれたり呆れてくれたりするから。まあ、オレがちょっかいかけてるから仕方なく反応してくれてるのかもしれないけどさ。でも、嫌いな奴相手ならこいつは無視しそうだし。
 なんだかんだ言ってオレはこいつと一緒にいるときの空気を気に入ってる。っつーか純粋に顔が好みなんだよな……なんでこんな綺麗な顔してるんだこいつ……。
 色々気になることとか周りの奴のこいつに対する微妙な反応とか思うところはあるんだけど、こいつの顔見てるとそんなことどうでもよくない? って気分になるから不思議だ。姉ちゃんも言ってたよ、イケメンは大体のことが許されるって。確かに初対面の横暴もオレは一瞬で許しちゃったし。
 チャイムが鳴ったのを合図に、オレは明後日の方向に転がり始めた思考をどうにか軌道修正する。
 オレは気が長いから、まあ、時間をかけてゆっくり攻略していこう。
 ゲームはやり込み派なんだよね、と心の中で呟いて、オレは頭を授業モードに切り替えた。

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