08 「んがー!! もうガマンならねェ!」 黙って聞いていたひかるだがついに爆発したようだ。 「おいクソザル! 人が黙って聞いてれば……調子に乗りやがって……! 打てりゃァいいんだよ、打てりゃァ! ドジで文句あるか!」 「あ、開き直ったっすね」 「はい。開き直りました」 外野では子津と凪がのほほんと観戦している。 すっかり野球部の面々と馴染んだひかるに、凪は安心していた。 (最初はバレるのではないかとヒヤヒヤしましたが……) ごり押しではあるが、なんとか周囲には男だと思ってもらっている。 (でも……油断大敵ですね。監督にも頼まれましたし、着替えなどは私がお手伝いしなければ) 凪は一週間前、羊谷から呼び出された時のことを思い出す。部活が終わり、帰ろうとした凪を引き止めた羊谷の口から出た言葉は凪を唖然とさせた。 『……ひかるの父親が……』 『そうだ。昨晩未明、車に曳かれて亡くなったらしい。それでオレは、十二支にあいつを呼ぼうと思っているんだが……男として』 『!?』 『お前も知っての通り、ひかるの実力はかなりのモンだ。野球部に入部すれば、嫌でも野郎どもにはいい刺激になるだろうよ』 『で、ですが監督!』 『責任はすべてオレが取る。あいつも二つ返事でOKくれたよ』 『そんな……確かにひかるは戸籍も“男”として登録されていますが……』 『なんだ、戸籍のことも知ってんのか。なら話しは早い。あいつが決めたことだ。今更意見は変えんだろう』 『……』 『そこでだ、凪。本題はここからなんだが。……あいつの“女”としての部分をサポートしてほしい。着替えや合宿時の入浴等……他の野郎にバレないよう、手伝ってやってくれないか?』 羊谷の言う通り、ひかるは強情だ。あの中学の夏休み、遊んだのはほんの二ヶ月だけ、短い間だったがしっかり凪は覚えていた。 『……はい。分かりました』 ひかるの幼い顔を思い浮かべ、凪は承諾したのだった。 「……ぎ、……凪?」 ひかるの声で凪は、はっと我に返った。 三人が心配そうに自分の顔を覗いている。 「どうした? 急に立ち止まって?」 「大丈夫っすか?」 「凪さん! どこかお具合でも悪いんじゃ……!?」 「え? ……あ! あの、何でもないです。すいません、ちょっと考え事してて」 慌てて凪は笑って誤魔化す。 回想するうちに足が止まっていたらしい。 「ならいいけど……あ、凪ん家こっちだろ。送ってくよ」 「あっ、は、はい。ありがとうございます」 十字路の左を差し、ひかるはさり気なく言った。 (なんでしょう……女の子だと分かっていても……時々男の子みたいでドキドキします) 実際ひかるは可愛いが、どこか少年特有の格好良さが感じられる。 (やっぱり男の子なんですね) 「テメー暗闇に紛れて凪さんを襲うんじゃねーぞ!!」 「ボクを盛りのついたどっかのサルと一緒にすんじゃねェ!」 「ふ、二人とも……近所迷惑っすよ」 ギャーギャー騒いでいる三人を見ながら凪は微かに微笑んだ。 ◆ いつものように不良の奴らが勝手に喧嘩をふっかけてきて、自分が圧勝する予定だった。――いつもならば楽勝で勝っているのに。 今回ばかりは相手が悪かった。個々は大したことないが、数はわんさかと、それこそ湧いて出てくるように大勢いた。 「……チッ」 芭唐は舌打ちして走るのを止める。 人通り少ない路地。電灯に照らされて男たちが闇に浮かび上がった。 (挟み撃ちか……めんどくせぇ) 狭い路地だ。こうも前後から挟まれると逃げ場がない。 (くそっ、雑魚のくせによ!) 頭が痛い。不覚にもさっき殴られたせいだろう。そのことを思い出すとムカムカするが、ここで応戦してしまっては芭唐とて明日の行方は目に見えている。 「よぉ、やっと追い詰めたぜ」 「ガキが。調子乗ってっからこーなんだよ」 「ガキは家帰って母ちゃんのパイでも吸ってろ!」 「ギャハハハハ」 男たちは次々にナイフやら鉄パイプやらを取り出す。 「余興は終わりだ。てこずらせやがって……」 その言葉が合図で、男たちはジリジリ芭唐に近寄ってきた。 芭唐は周囲を見回す。ざっと十五人くらいはいるだろうか。 本日何度目か分からない舌打ちを芭唐がしたとき、後方にいた男たちから悲鳴が上がった。 「ぐぁ!?」 「うっ」 ドサドサと倒れる音が聞こえ、この場にそぐわない声が響いた。 「てめェら通行の邪魔だ」 高い声音に芭唐はぎょっとしてそっちを見る。 男が二人折り重なって倒れている横に、声の主はいた。 |