野球日和 | ナノ


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05

「――海堂くん、覚悟はよろしいでしょうか?」

丹念に足場を均しているひかるに辰羅川が話し掛けた。

「覚悟?」
「あなたがグランドに立てるのも、ほんの」
「グダグダうるせェな」
「……」
「さっさと投げろ。そんなにご自慢の球、ボクが潰してやるよ」
「……よく吠えるな。まるでどっかのバカ猿だな……」

犬飼が、ぷ、と小さく吹き出した。
遠くで猿野が怒りマークを浮かべている。

「誰がバカだって? お前、ボクの実力を見てからもそんな大口叩けるのか見ものだな」
「とりあえず……俺の球はお前には打てん」
「バカてめェ、ボクが本気出せば打てないボールなんてねェんだよ」
「弱いチビほど良く吠える……ぷ」
「ちっチビって言うな!! それを言うなら犬だろ! お前なんてムダに背ェ高いんだよ! 高いとこに手が届くだけじゃねェか!」
「いや……痒いとこに手が届くだけだ」
「わー手が孫の手だー!」

あわわわ、と慌てるひかる。
そこにイライラした部員たちのツッコミが入った。

「いいからさっさと勝負しろよ!」

ひかるはバットを構えた。温い緊張感を筋肉に保ったまま自然体で、来るべき爆発の一瞬を待つ。

「!」
「なんだあの構え!?」

周りがどよめく中、犬飼の渾身の一球が放たれる。
空気を切って走る豪速球は、かつて入部テストで天国がホームランにしたストレート。だがそれは天国だからこそ出来た芸当だ。
見るからにか弱そうなひかるは、もし当てても球威に押されヒットはおろかスイングしきれるのかも危うい。
うねるボールは瞬く間にバッターボックスに到達する。
(――ここだぁぁ!)
リラックスしていたひかるは、ボールがミートする瞬間、最大限の力を引き出しスイングした。
――ギィィィン!!
ボールは空に飛び上がった。

「でけえぞ!」

そのままボールは伝説の時計盤を越え、校舎を越えて見えなくなった。

「……ま……まじかよ……」
「あの犬飼の球を軽々と……どんな筋力だ」
「キャプテン! さっきのは……!?」
「――神主打法。プロでも修得者は少ない打法だよ」
「神主打法!?」

牛尾は汗が頬を伝うのを感じていた。
神主打法は長打が望める反面、バットコントロールが非常に難しい。またフォームの構成上、タイミングの見極めにも熟練が必要とされる打法だ。

「それをこんなあっさりと……」

目の当たりにしたひかるの尋常じゃない強さに、牛尾は戦慄していた。同時に嬉しくも楽しくもあった。
牛尾は自分も不敵な笑みを浮かべているのに気付いていない。

「うけけけ! どーだサル! これでもまだ少年野球かよ?」

ひかるはただ無邪気にはしゃいでいるが、部員たちはひかるの見た目に反した筋力に唖然としていた。

「というワケだ。どうだ、文句のある奴はまだいるか?」

楽しそうに羊谷が問うと、部員たちはバツの悪そうな顔をして黙った。

「決まりだな。……じゃ、後はボチボチやってくれや」

集会が終了すると、牛尾が一年生にグランド整備を呼び掛けた。
他の一年生と一緒にひかるがグランド整備に行く手前、牛尾が蛇神を連れて爽やかな笑みで現れた。

「海堂くん、さっきはすごかったよ。これからは十二支のために一緒に頑張っていこう」
「あ、はい」
「確かショート志望だったね。彼、蛇神くんはショートレギュラーなんだ」
「同じポジションになったのも何かの縁……一つ宜しく也、海堂殿」
「わーなんか神々しい先輩っすね。よろしくお願いします、へびかみ先輩」

ひかるは軽く頭を下げた。
ぞんざいな態度だが、ひかるだと小さい子どもが背伸びをしているようで、なぜか微笑ましい。

「おらーニンジン! 整備!」
「だァからボクアンじゃねェって!」

天国が倉庫のほうから叫んでいる。
ひかるはそっちに向かって走りだした。

 



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