02 ◆ 「……ふぅーん。入部試験かぁ」 「ええ」 四月下旬の爽やかな朝、登校ラッシュの中にひかると凪は居た。 「でもひかるならぜったい大丈夫です」 「あったりまえじゃん。ボクを誰だと思ってんだよ」 ふふ、と凪は微笑んだ。あの頃とまったく変わっていない。 「よかったです、元気そうで」 うん、とひかるが返事したとき背後から地響きが聞こえてきた。 「……ぬぁ〜ぎすわァァァァァん!!」 「猿野さん!?」 「凪さんから離れろ!! 天誅!」 流星の如く駆けてきた天国は凪の隣にいたひかるを羽交い絞めにしようと手を伸ばすが、失敗に終わった。 ひかるが天国の両腕に手を置き、そこからバク転をして逃れたからだ。 「なっ……!?」 「このっ、いきなり何すんだよ!」 ――ゴスッ 天国の背後に降り立ったひかるは、尋常な身のこなしに驚く天国の股間を容赦なく蹴り上げた。 「さっ猿野さん!」 「!!!?」 声にならない悲鳴をあげ天国は地に臥した。 一緒に登校していたのか、天国のダッシュにやっと追いついた沢松が天国に駆け寄った。 「オイ天国! しっかりしろ!」 だが、すでに時遅し。天国は白目を剥いて口からよだれを垂れ流していた。たまに「チャトラ〜ン……」となにやら意味不明なことを呟いている。 「うぅっ可哀想に……天国ちゃん……享年十五歳、マルコポーロが好きだったわね……ホラ、あなたの大好きなマルコポーロよ」 沢松は合掌し、どこから出したのかマルコポーロを大量に天国の口にこれでもかと詰め込んでいる。 それを蔑視する##かる#は、ハラハラと見守っている凪を見て聞いた。 「こいつ、凪の知り合いか?」 天国の耳がピクリと動いた。 「ええ、あの、この方は猿野あ「凪さん!」 「うわ〜! マルコポーロがびちゃびちゃしてる!」 復活した天国はふやけたマルコポーロを口から溢しながら凪に迫った。沢松のツッコミなど耳に入らないようだ。 「このトマト野郎! 誰なん……す、か……」 天国はひかるを振り返って見るなり、目を見開き顔が赤くなった。 改めて顔を見た沢松も同じように止まっている。 「ああ!? トマト野郎だァ!?」 紅い髪のことを言っているのだろう『トマト野郎』にひかるは怒って詰め寄ったが、天国が驚いているのに気づき訝しげに「なんだよ?」と尋ねた。 「お、女……?」 天国がかろうじて搾り出した言葉に、凪とひかるはびくりと肩を震わせた。 「んななな、んなワケねェだろ!? ボクはれっきとした男だ!」 すぐさま言い返すが、冷や汗がドッとひかるの全身から吹き出てくる。 まさか転入初日からバレるわけにもいかない。 『バレたら明日は無いと思え』ひかるは羊谷が電話で言っていたのを思い出した。 この話題を払拭するために、ひかるは凪の手を掴んだ。 「ほっほら! 学校に遅刻するぞ!」 「あ、はい!」 人気の少なくなった道を、ひかるは凪を引っ張りズンズンと進んでいく。 「あー! てめっ! 凪さんの……凪さんの手をォ〜!!」 それを見た天国は二人の後を追いかけた。 この日、一年D組はある転校生のお陰で人だかりが出来ていた。 「どこどこ!?」 「ほらぁ、あの赤い髪の子っ」 「きゃーんかわい〜」 さらにはその転校生の周りにもクラス中の女子が集まっている。 「ねぇその色地毛なの?」 「えーアメリカにいたの〜? すっごーい」 「そんなに怯えないでよ〜」 「こっち向いて〜」 「ひかるくぅ〜ん」 奇抜な髪の色やその容姿もさることながら、アメリカ帰りの帰国子女らしいといいことで、転入して一日目から彼の転校生・ひかるはすっかり有名人になっていた。 一日中甘い声に囲まれて、ひかるは気が滅入っていた。そうでなくとも、きゃぴきゃぴする女子は苦手なのである。 (何なんだ……コイツら一日中ぼくを追っかけ回して……飽きないのかよ……) 「……えーと、ひかる? 迎えにきましたよ」 聞こえてきた声にひかるは、ぱっと振り返った。 「凪! そうか……部活か! 部活だったな!」 女子たちから逃れることが出来て、ひかるは心底嬉しそうにカバンを持って凪の方に寄ってきた。 |