13 「犬飼キュゥ〜ン!!」 「今日は教室にいるのね!」 「犬飼キューン! 今日こそあたしのお弁当もらってぇ〜!」 廊下からキャーキャーと黄色い声が聞こえてきた。 「……い、犬飼キュン……?」 笑い含みにひかるは犬飼を見上げる。 犬飼はサーと青ざめ、若干照れが見てとれる顔をしていた。 「今日もやってきたのですね。『犬飼キュンを地獄の底まで追っかけ隊』が……」 辰羅川が眼鏡を押し上げて言う。 「犬飼、キュンを……地獄の底まで? ギャハハハ! こりゃ傑作、だ……!?」 からかって笑っているひかるの手首を、犬飼が掴んで引っ張った。 犬飼はずいずい教室を横切っていく。 「ちょ、冥!? なにすっ……」 「とりあえず……逃げるぞ」 廊下に出ると大小さまざまなお弁当を持った女子が大勢いた。犬飼がひかるの手首を掴んでいるのを見て、黄色い声は一段と凄まじさを増した。 「キャー犬飼キュン!!」 「ちょっとあの女誰!?」 「馴れ馴れしく犬飼キュンに触らないでよ!」 「そこの女子! 犬飼キュンから離れなさい!」 「ボク男だっつーの!」 その恐ろしさに犬飼とひかるは逃げる足を速める。 『犬飼キュンを地獄の底まで追っかけ隊』は、犬飼キュンが誰かと手を繋いでいる――正確には手首を掴まれている――という事態にいっぱいいっぱいで、ひかるが学ランを着ていることに気づいていないようだ。 「犬飼キュン待ってー!」 だがやはり野球部の犬飼とひかるには追いつくわけもなく、しばらく行って廊下の角を曲がったところで完全に女子の姿は見えなくなった。 「――こっちだ」 真っ直ぐ廊下を進もうとしていたひかるを犬飼が階段へと引っ張る。 人が通った形跡はあまりなく、階段を登りドアを開けると、視界いっぱいに青空が広がった。 「おー! すげー!」 ひかるは感動して屋上の中心へと駆け出す。 ひかるの通っていたアメリカの中学は屋上がなかったので、こんなにオープンでこんなに空が近い場所があるとは知らなかった。 「ん? ひかるか?」 給水タンクの陰に、天国と沢松が弁当を広げている姿があった。 「天国と、……?」 「あー、コイツな。コイツは覚えなくていいぜ。なんせもうすぐ消え」 「あ゛〜ゴホンゴホン。天国の鬼ダチでハンサム王子こと沢松と申します。どうぞ今後ともご贔屓に」 「よろしくー」 「にしてもよくここ見つけたな」 「あ、それは冥が……」 「!」 ひかるの隣まで犬飼が歩いてきたので、天国たちの位置からも犬飼が見えるようになった。 とたんに天国の表情が変わる。 「テメー犬っコロ!」 「どっから入ってきた……迷い猿が」 「ウキー!! テメーこそどっから入ってきたんだ! 校門の下からか? エサを求めてやってきたいやしい野良犬め!」 |