野球日和 | ナノ


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冷蔵庫を開けるとそこには例のプリンが佇んでいる。いつもなら朝食のデザートとして食べるのだが、なんとなく食べるのが勿体無い気がして冷蔵庫の中にしまいっ放しだ。
昨夜、芭唐という少年に買ってもらったプリンである。夜のランニングがてら買ったプリンは、偶然遭遇した不良たちの喧嘩にひかるがちょっかいを出したばかりに、見るも無残な姿になってしまった。
ひとえに芭唐が悪いというわけでもないのだが、ひかるの超短絡的思考により芭唐にプリンを弁償させてその場は丸く収まった、というかただそれだけの事(多少のハプニングがあったが)、時が経てば互いに忘れるだけの関係にすぎない、ハズだった、のに。
なのに。
(何でこーなんだよ!!)
ひかるは心の中で嘆いた。目の前には芭唐の整った顔。

「欲しいモンは必ず手に入れるのが、オレのポリシーての? つかオレのモットー?」

昨夜ひかるが男と知らずに迫ってきた芭唐が、ひかるが男と知ってもなお、翌朝ひかるの目前に迫ってきた。
……時は数分前に遡る。
朝、玄関を出て鍵を閉めていると、隣に同じように鍵を閉めている少年がいた。それが芭唐だった。
偶然の出会いに驚くひかるに、芭唐は最初こそ驚いたもののすぐに余裕のある笑みを浮かべて、エレベーターに乗ると昨夜のように壁と自分でひかるを挟み撃ちにしたのだった。

「……ボク、男だって言ったよな?」
「男だろうが女だろうが関係ねぇ。オレはテメーが欲しいんだよ」
「はぁ!?」
「つーかお前ほんとに男だったんだな」

芭唐は学ラン姿のひかるを不躾にじろじろ眺めて言った。

「こんな小せぇのに」
「うるせェな! 身長はカンケーないだろ!?」

芭唐の胸板を押して退けさせたところで丁度一階に着いた。
ドアが開くなり、ひかるは早足で外に出る。
その後ろを芭唐が後頭部で腕を組みながら、のんびりひかるに話しかけた。

「おーい、せっかくだから一緒に行こうぜー。その校章、十二支だろ? 途中まで道一緒じゃねーかよ」
「断る!」

つまんねーな、とぶー垂れる芭唐を置いてひかるは走り出した。
(あんなムカつく奴だとは思わなかった! あ゛ー助けなきゃよかった!)
大分十二支高校が見えてきたところで、ひかるは走るのを止めた。
(よし。ここまでくれば大丈夫だな)
振り返って芭唐がいないのを確認して学校に向かって歩き出した。

「……だ〜れDa」

ふ、とひかるの視界が暗くなった。暖かい手の感触から、誰かに目隠しされているようだ。
その『誰か』は語尾にハートでも付きそうな独特な話し方で、ひかるは一発で誰だか分かった。

「…………」
「N? どうしTa? ひかるちゃん、オレのこともう忘れちまったのKaい?」
「あ! あー思い出しました。確か電車マニア・アニメオタク・トリップ願望、更には僕の背中には羽があるって思ってるキザキザでとってもファンキーな」
「Wa〜! それオレのことKa!? お前オレのことそんな風に見てたのKa!?」
「痴漢撃退!」
「ぐはぁ!」
「――あれ? 虎鉄先輩だったんすか? てっきり新手の通り魔かと……」
「……」

ひかるの肘鉄を食らい地面にうずくまる虎鉄だが、すぐに復活してひかるの肩を抱き右手を取って口元に運んでいった。

「そいつぁ悪かったNa、怖い思いさせTe……」
「!!」

(こいつ! 全然効いてねェ!)
虎鉄の異常な回復スピードに驚いたとこで、ひかるめがけて後ろから比乃が飛びついてきた。

「ひかるちゃんおはよー!」
「ぅおわ!」
「あ、虎鉄先パイもいたんだ〜」
「……」

あはは、と無邪気かつ重みのあるオーラで比乃は虎鉄を威嚇する。

「二人とも何してんだ?」
「イヤ……ひかる、これは男の戦いDa」

バチバチと比乃とにらみ合って火花を散らしながら虎鉄は、口出し無用だZeと言った。

 



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