07 夏希は勢い良く振り向いた。もしかしたら追ってきた男かと思い、ふりほどこうとするが、はたと動きが止まる。 「……誰?」 手首を掴んだのは、頭からすっぽりと白い布を被った人だった。口元や掴む手が華奢なので、女だろうか。 「ここは危険です。――こちらへ」 そう言って、女は思ったよりも強い力で夏希の腕を引っ張る。 「お、おい!」 店と店の合間に連れてこられ、夏希は抗議の声を上げる。 すると女は手を離し、ゆっくりと被っていた布を頭から降ろす。 夏希は目を見開いた。 ――金髪。 ケイキではない。ケイキは男だ。 では、目の前の女は。 身動きが出来ないで、目の前の女を見つめていると、女の唇が微かに動いた。 「……ホウカ」 なに、と問おうとした夏希の頭上、店の壁から何かが伸びて夏希を抱いた。それは腕で、驚いて顔を後ろに反らすと、いつか見たカイコと呼ばれた女に似ている翼の生えた女の腕だった。 「なにすんだよっ!」 女の腕に手をかけて力を込めるが、がくんと体が傾き手が女の腕から滑った。 女が跳ねたのだ。店の屋根に着地し、また別の屋根へ跳ぶ。 (――陽子!) 夏希は後ろを振り返る。みるみるうちに巨虎と陽子は店の陰になって見えなくなった。 「ヨウリュウ」 頭の上から声が聞こえてきて、大きな黒い狼がどこからともなく現れて、女は夏希を抱いたままそれにまたがった。 「……おい」 夏希は低い声を出す。 狼の上は風の抵抗がない。なのに景色は驚くべき速度で過ぎていく。 「降ろせよ」 「それは叶いません」 答えたのは金髪の女だった。夏希たちの隣に、別の狼に乗ってその女は言う。 「ご不憫かとは思いますが、なにとぞご了承ください」 「……降りる」 「お願いでございます。どうかご無理をなさらずに」 女は今にも泣きそうだった。 「やだ。降ろして」 「叶いません」 「……じゃあ、離して。降ろさないなら、こっから落ちてやる」 「どうか自重なさいませ。あなたは十二国にとってなくてはならない存在なのでございますよ」 女の言っている意味が分からなかったが、今はそんなことはどうでもよい。 「だって、」 夏希は抱きかかえている女の腕を叩く。 「さっき約束したばっかなのに」 ――独りじゃない……おれがいる。 「陽子と、……約束したのに!」 夏希の悲痛な叫びに耐えかねたのか、金の髪の女は目を背けた。 「……約束したからな」 夏希は白い腕を掴み力を込める。同時に足で狼の背中を押す。 「ああ、どうか――カオウ」 「うるさい。あんたらの事情なんか知らねぇんだ」 ぎりぎりと白い腕に指を食い込ませる。僅かに弛みが出来た。 ――よし! いける……。 夏希がそう思った瞬間。 「……ホウカ」 「御意」 悲鳴に似た女の声で、白い腕が片方解かれた。そしてそれは夏希の頭の後ろへと回された。 ――……! 何かを悟って体ごと向き直ろうとするが、遅かった。 トンと頭の中で軽い衝撃が走り、その衝撃は夏希の全身を駆け抜けた。 「だからオレが言ったろう」 夜、街道に陽子と猿の姿があった。 「あの娘を大事にしろってナァ」 陽子は唇を噛む。 達姐に裏切られたことよりも、夏希が行方不明になったほうが数倍胸に痛い。 どうしてちゃんと気を配ってなかったのだろう。 巨虎を倒して駆け込んだ路地に、夏希に預けた達姐の荷物が転がっていた。 「忠告してやったのにサァ。バカな娘だぜ」 陽子は猿を無視して歩みを進める。 ――独りじゃない。 夏希が居てくれたことで、どれほど陽子は救われただろう。 守ろうと思った。 どんなに犠牲を出してもこの少女だけは守ろう、と。 「バカなお前には、独りがお似合いだよォ――お前は独りだ」 猿の哄笑が街道に響き、耳に障った。 |