08 ◆ 巧国、喜州傲霜。その天に聳える凌雲山の頂上に翠こう宮がある。 豪奢な城の奥深く、諸官の立ち入りを許さない房室に二人の人影があった。一人は老いた大きい男で、もう一人は金髪が似合う美しい女だった。 女は苦しそうな表情で、顔色も青ざめていて今にも倒れそうだった。その女が、そっと吐息のような声を漏らした。 「まだご自覚がないようです」 「そのようだ。蝕で卵果があちらに流されたのだろう――海客が」 主人の声色を感じとって女は伏せがちだった顔を上げた。 「覚醒しておらんとはな。まるでただの小娘だな」 「……どう、なさるおつもりですか」 女は側の榻(ながいす)を振り返った。そこには縄で拘束された少女が横たわっている。 その様子を一瞥した老人は、さも興味なげに女に言い放った。 「地下牢で捕らえておけ」 「主上」 「この小娘が景王を助けるかもしれぬ。術で眠らせておけ」 「カオウはこの十二国の宝なのですよ」 女は悲痛な面持ちで老人を見上げる。 「それがどうした。小娘がわしに何かしてくれるのか? 巧国はもはや傾く一方なのだ。それを建て直してくれるだけの力を持っているのか、この小娘は」 淡々と語る老人に、女は言葉を失ったようだ。 「わしの命運は尽きた。ならば天神とやらのカオウに、どうして親切にしてやる道理があるのだ」 「そんな……主上」 女はこの世の終わりとでもいうような顔をしている。それでも尚、目をしっかり老人へ向けてすがるように懇願した。 「お願いです、この方だけは……。これほど歳月が経った中、ご無事でお戻りになられたことはまさに奇跡に近いのですよ。どうか五山へお返しになってください。それに私の術など、カオウの前では効きませぬ」 「覚醒前ならばそう難しくもあるまい。……構わん、やれ。わしがよしと言うまで解いてはならぬぞ。そうだな、わしが玉座を降りるまでで十分だろうか」 顔を覆い、うなだれた女をその場に残し、老人は崩壊した自嘲ともとれる笑みを浮かべ房室を後にした。 ◆ 不意に目を覚ました。瞼を開けても真っ暗なので、まだ夢を見ているのかと思った。 しかし湿ったカビの臭いがつんと鼻腔を衝くので、これは現実だと分かった。 数回まばたきをすると目が暗闇に馴れて、ここが石造りの部屋だと分かった。この世界に来たとき、最初に閉じ込められたような所だった。 小さな部屋には、自分が寝かされている台を除き何もない。三方を石の壁で囲まれ、もう一方は格子であった。 よく辺りを見渡せるように上半身を起こすが、手足が震え頭がぼぅとした。 「……」 手を握り力を込めるが、どうにもうまく力が入らない。 ――薬でも盛られたかな 夏希は苦笑して、再び仰向けになった。 足腰に力が入らないままでは、どうしようもなかった。 あまり状況が把握出来ないが、自分が捕らえられているのは理解出来る。夏希が意識を失っている間に何もされていないので、当分は危害を加えるつもりではないのだろう。 そう読んで夏希はおとなしく体力が回復するのを待った。 ――陽子 夏希はこの世界で唯一の友を思う。 彼女は泣いてはいないだろうか、さみしくはないだろうか、妖魔からちゃんと逃げ切れているのだろうか、――そもそも、自分はどれくらいの間眠らされていたのだろうか。なんだかとても時間が経った気がするのだが。 陽子のことを思うと今すぐ逃げ出したくなるのを必死に抑え、夏希は目を瞑った。 確実に脱走出来る機会を待つ。それが夏希にとっての最善策であった。 再びとろとろと眠気が襲ってきたので、夏希はあらがうことなく眠りに落ちた。 |