05 ◆ 「――陽子、ほら」 言って夏希は両手に採ってきた木の実を広げる。 「ありがとう……」 陽子はそれをいくつか手に取り口に入れる。やんわりと苦い風味が広がった。 日が暮れるころに起きて、さまよい、獣と戦って夜を明かす。そんな生活を続けているので、二人の疲労は濃い。特に陽子は獣に致命傷を与えることの出来る武器を持っていので、必然的に夏希より陽子が動かなければいけなくなる。 一度夏希も陽子の剣を使ってみたのだが、どうしたわけか草一本たりとも斬ることは出来なかった。 「夏希は食べないの?」 「腹、減んないから」 夏希は笑った。その笑みも疲労感が漂っている。 いくら陽子のほうが大変だといっても、夏希にもそれなりに獣は襲いかかる。 ――夏希だって、疲れているのに。 ――おれは鍛えかたが違うから。 そう言って夏希は笑い、陽子のために木の実を採りにいくのを辞めなかった。 だが、食べれる木の実も少ない。二人の飢餓は深刻なものになっていった。 飢餓と同時に問題なのが、着るものだった。 当面の二人の目的はケイキを探すことだったが、探すには人のいる場所へ行かなくてはならない。しかしこの世界にそぐわない服を着ているので、村へ降りてもすぐに海客だとばれてしまう。だとすれば、着るものを改めれば一見して二人が海客だとばれることはない。 そう考えてはいても、着るものを手に入れるには非道な手段しかなかった。剣にものを言わせておどし取るか、あるいは盗み取るか。 だから決心するのに四日かかった。夏希は比較的早いうちから心得ていたが、陽子が中々決断出来ずにいた。 ◆ 二人は林から一番近い場所に立っている一軒家を覗いていた。黒い瓦の屋根に半分禿げかけた白い土壁。窓にガラスはなく、玄関らしき戸も開きっぱなしになっていた。 人の気配は窺えず物音もない。夏希と陽子は頷いて、ドアのような板戸からそっと忍び入る。 一人を見張りに置かなかったのは、二人で探したほうが早く済むからだ。 息の詰まるような緊迫感の中、陽子たちは寝室に入りドアを閉めた。それからふたてに分かれて棚を探り出す。 しかし、服と呼べるものが見付からない。木箱を空にして更に夏希が寝台のシーツを捲ったところで、隣の部屋のドアが音を立てた。 「――!」 「あった……」 陽子はびくりとして寝室のドアを見やる。夏希は寝台の下に収納されている箱を開けていた。その中にはぎっしりと服がたたまれていた。 しかし、丁度そのとき寝台のドアが開いた。夏希も陽子も動きが止まる。 中へ入ろうとした人物は、夏希と陽子を認めて硬直した。中年の、大柄な女だった。 二人がどうしようも出来ないでただ立っていると、女が震える声を出した。 「うちには盗む値打ちのあるものなんて、ないよ。……それとも着るもの? 着物がほしいのかい?」 困惑して陽子と夏希は顔を見合わせた。 女はそれを肯定と受けたのだろう。部屋の中に入ってきた。夏希の隣に膝をつき、なかの着物をあさり始めた。 「どんな着物がいい? あたしのものしか、ありゃしないんだけどさ」 ばさばさと着物を広げる女に、陽子はぽつりと声を漏らした。 「……なぜ」 「なぜ?」 女は陽子を振り返った。陽子が何も言わないので、女は再び作業を開始した。 「あんたたち、配浪から来たんだろう?」 「……ええ」 「海客が逃げた、って大騒ぎさ。――頭の固い人間が多くてねえ。海客は国を滅ばすだの、悪いことがおこるだの。蝕がおこったのまで、まるで海客がおこしたと言わんばかりだからお笑いさ」 女は夏希を見る。 「……あんた、その傷、どうしたんだい? それに、そちらさんも」 「妖魔が、」 夏希は女の顔をじっと見ながら、言葉が出ない。 「ああ、妖魔に襲われたのか。よくぶじだったねえ。――とにかくお座り。ひもじくはないかい? ちゃんとものは食べていたのかい。二人とも、ひどい顔色をしてるよ」 女は膝を叩いて立ち上がった。 「とにかくなにか食べるものをあげようね。湯を使って汚れを落として。着物のことはそれから考えよう」 いそいそと着物をたたみ、女は隣の部屋へ戻った。 陽子は堪えられずその場にうずくまった。 「……陽子」 そっと夏希が陽子の横にしゃがみ、背中を撫でた。 陽子は泣き出す。この世界にきて、初めて優しくされたのだから無理はないだろう。 夏希は何度もその背中を撫でてやった。 ◆ ふと声が聞こえた気がして、夏希は目を覚ました。 寝返りをうつと、そこに寝ているはずの陽子が居ないので起き上がった。見回すとドアが微かに開いている。不思議に思い、夏希は寝台から降りてドアのほうに駆け寄った。 チラリと横目で見ると達姐と言った女が向かいの寝台で寝ているのが伺えた。 この家には寝台が二つしかなかった。達姐が床にござのようなものをひいて、そこで寝ると言ったので、それは出来ないと夏希と陽子は二人で一つの寝台で寝ることにしたのだ。 ダイニングにも陽子の姿はなかった。夏希が戸口を開けたところで、陽子と出くわした。 「……夏希」 陽子は複雑な表情を浮かべていた。泣き出しそうな、安堵したようなその顔。 「どうした? どっか痛むのか?」 「う、ううん。――大丈夫。ちょっと外の空気を吸ってただけ」 「ならいいけど……」 「ごめんね、起こしちゃった?」 「ん……陽子、誰かと話してた?」 夏希が首をかしげると、陽子は目に見えて慌てた。 「えっ……あ、あたし一人だったよ」 「そっか……」 「あ、明日はたくさん歩くんだよね」 達姐の母親が営んでいる河西にある宿屋で働かせてくれるよう、達姐が母親に頼んでくれるらしい。 河西までどれぐらいかかるのか知らないが、達姐の言いようからけっして近くない場所にあるようだ。 「早く寝て、明日に備えなくちゃ」 ね、と陽子は夏希の背中を押して寝室へと誘った。 そっとドアを開け、達姐を起こさないようなるべく音を立てないよう布団に潜り込む。 「おやすみ、陽子」 「……おやすみなさい」 陽子と夏希は反対の方向を向き合い、互いに背中に温もりを感じながら目を閉じた。 |