03 ◆ 「――中嶋」 夏希に揺すられて陽子は目を覚ました。泣き疲れた瞼が重い。 ――そういえば、あのあとあたし……? 昨夜の出来事を思いだし、陽子は勢い良く夏希に頭を下げた。 「ご、ごめんなさいっ! あたしってば……相模さんに……」 子供のように夏希に抱きついて、挙げ句の果てにそのまま寝入ってしまったのだ。恥ずかしくて申し訳なくて、下げた頭が上がらない。 「夏希」 「……え?」 陽子は顔を上げた。夏希は背伸びをしてから、戸惑う陽子のほうを見た。 「『相模さん』なんて堅苦しいじゃん。おれのことは夏希でいいから――陽子」 「……ありがとう」 陽子が頷いたとき、ドアの鍵が開く音がした。 「立て」 数人の男たちが牢獄に入ってきた。二人の体を縄でかるく拘束し、外に押し出す。 建物を出るとそこは広場だった。広場には二頭の馬が荷台に繋がれた粗末な馬車が待っていた。荷台に乗せられて、一人の男が乗った。御者が馬に手綱を繰り出して、馬車は進みだす。 建物のあちこちに人影が見える。顔立ちは東洋だが、髪の色がまったく異質なのが不思議だった。 「あの……どこへ行くんですか」 無表情に景色を見ていた男に、陽子は声をかけた。 「しゃべれるのかい」 男は怪訝そうに陽子と夏希をみくらべた。二人はうなずく。 「はい。……あたしたちはこれから、どこへ行くんですか?」 「どこって。県庁だ。県知事のところにつれて行く」 「それからどうなるんですか? 裁判かなにか、あるんですか」 男はチラリと横目で陽子を見、また流れる景色に視線を移した。 「おまえたちが良い海客か、悪い海客か、それがはっきりするまでどこかに閉じ込められることになるな」 その言葉に、今まで黙っていた夏希が口を挟んだ。 「良い海客と悪い海客?」 「そうだ。おまえらが良い海客なら、しかるべきお方が後見人について、おまえらは適当な場所で生活することになるだろうよ。悪いほうなら幽閉か、あるいは死刑だ」 「……死刑」 男は起伏のない声で、やはり景色を見ながら淡々と続ける。 「悪い海客は国を滅ぼす。おまえらが凶事の前ぶれなら、首をはねられる」 「凶事の前ぶれって」 「海客が戦乱や災害をつれて来ることがある。そういうときは、早く殺してしまわなくては、国が滅ぶ」 「それをどうやって見きわめるんです?」 男は不快な笑みを薄く浮かべた。 「しばらく閉じ込めておけばわかる。おまえらが来て、それから悪いことがおこれば、おまえらは凶事の先触れだ。――もっとも」 男は景色から目を離して、夏希たちを睨む。 「おまえらはどちらかというと凶事を運んで来そうだな」 「……そんなこと」 ない、と陽子は言おうとしたのだろう。しかし男の悪意ある言葉の前ではかきけされてしまった。 「おまえらが来たあの蝕で、どれだけの田圃が泥に沈んだと思う。配浪の今年の収穫は全滅だ」 男の言いぐさにむっときて、夏希は男を睨んだ。 「そんなの、おれらのせいじゃない。こんなことしてないで、泥に沈んだ田圃を何とかしようとしないわけ?」 「……海客が」 怒気を露に男は拳を振り上げるが、夏希はつんとそっぽを向く。 ――こんな簡単な縄縛り、いつでも抜け出せる。 夏希は幼い頃から真剣を扱って鍛えられてきた。今は亡き父親が数少ない真剣の道場の長だった。一人娘である夏希を後取りにと考えたのであろう。物心付いたころには既に本物の刀で素振りをしていた。父親の指南と夏希自身のセンスもあって、夏希は父親をもしのぐ腕前になった。すると今度は縄抜けや体術などを叩き込まれた。 ――それが、まさかこんなところで役に立つとは。 夏希は苦笑した。そして、突然の陽子の声で現実に引き戻された。 「とめて!」 陽子は林の中の一点を見つめて、馬車から身を乗り出して叫んでいた。 「ケイキ! 助けて!!」 「……ケーキ?」 夏希もそちらをみやる。その肩に男の手が伸びてきて押さえ付けられた。 「こら」 「いったいな!」 遠いがちゃんと目視出来た。 ――長い金髪。その横には布を被った人影。 同じようにして押さえ付けられた陽子は男を振り返った。 「馬車をとめて。知り合いがいるんです!」 「おまえの知り合いはここにはいねえよ」 「いたの! ケイキだった! お願い、とめて!!」 陽子は尚も林を見ている。 「ケイキ!?」 「いい加減にしろ!」 男が怒鳴った。陽子は身をすくめ、訴えるのを諦めたようだった。 |