百澤禦伝 | ナノ


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03




「――中嶋」

夏希に揺すられて陽子は目を覚ました。泣き疲れた瞼が重い。
――そういえば、あのあとあたし……?
昨夜の出来事を思いだし、陽子は勢い良く夏希に頭を下げた。

「ご、ごめんなさいっ! あたしってば……相模さんに……」

子供のように夏希に抱きついて、挙げ句の果てにそのまま寝入ってしまったのだ。恥ずかしくて申し訳なくて、下げた頭が上がらない。

「夏希」
「……え?」

陽子は顔を上げた。夏希は背伸びをしてから、戸惑う陽子のほうを見た。

「『相模さん』なんて堅苦しいじゃん。おれのことは夏希でいいから――陽子」
「……ありがとう」

陽子が頷いたとき、ドアの鍵が開く音がした。

「立て」

数人の男たちが牢獄に入ってきた。二人の体を縄でかるく拘束し、外に押し出す。
建物を出るとそこは広場だった。広場には二頭の馬が荷台に繋がれた粗末な馬車が待っていた。荷台に乗せられて、一人の男が乗った。御者が馬に手綱を繰り出して、馬車は進みだす。
建物のあちこちに人影が見える。顔立ちは東洋だが、髪の色がまったく異質なのが不思議だった。

「あの……どこへ行くんですか」

無表情に景色を見ていた男に、陽子は声をかけた。

「しゃべれるのかい」

男は怪訝そうに陽子と夏希をみくらべた。二人はうなずく。

「はい。……あたしたちはこれから、どこへ行くんですか?」
「どこって。県庁だ。県知事のところにつれて行く」
「それからどうなるんですか? 裁判かなにか、あるんですか」

男はチラリと横目で陽子を見、また流れる景色に視線を移した。

「おまえたちが良い海客か、悪い海客か、それがはっきりするまでどこかに閉じ込められることになるな」

その言葉に、今まで黙っていた夏希が口を挟んだ。

「良い海客と悪い海客?」
「そうだ。おまえらが良い海客なら、しかるべきお方が後見人について、おまえらは適当な場所で生活することになるだろうよ。悪いほうなら幽閉か、あるいは死刑だ」
「……死刑」

男は起伏のない声で、やはり景色を見ながら淡々と続ける。

「悪い海客は国を滅ぼす。おまえらが凶事の前ぶれなら、首をはねられる」
「凶事の前ぶれって」
「海客が戦乱や災害をつれて来ることがある。そういうときは、早く殺してしまわなくては、国が滅ぶ」
「それをどうやって見きわめるんです?」

男は不快な笑みを薄く浮かべた。

「しばらく閉じ込めておけばわかる。おまえらが来て、それから悪いことがおこれば、おまえらは凶事の先触れだ。――もっとも」

男は景色から目を離して、夏希たちを睨む。

「おまえらはどちらかというと凶事を運んで来そうだな」
「……そんなこと」

ない、と陽子は言おうとしたのだろう。しかし男の悪意ある言葉の前ではかきけされてしまった。

「おまえらが来たあの蝕で、どれだけの田圃が泥に沈んだと思う。配浪の今年の収穫は全滅だ」

男の言いぐさにむっときて、夏希は男を睨んだ。

「そんなの、おれらのせいじゃない。こんなことしてないで、泥に沈んだ田圃を何とかしようとしないわけ?」
「……海客が」

怒気を露に男は拳を振り上げるが、夏希はつんとそっぽを向く。
――こんな簡単な縄縛り、いつでも抜け出せる。
夏希は幼い頃から真剣を扱って鍛えられてきた。今は亡き父親が数少ない真剣の道場の長だった。一人娘である夏希を後取りにと考えたのであろう。物心付いたころには既に本物の刀で素振りをしていた。父親の指南と夏希自身のセンスもあって、夏希は父親をもしのぐ腕前になった。すると今度は縄抜けや体術などを叩き込まれた。
――それが、まさかこんなところで役に立つとは。
夏希は苦笑した。そして、突然の陽子の声で現実に引き戻された。

「とめて!」

陽子は林の中の一点を見つめて、馬車から身を乗り出して叫んでいた。

「ケイキ! 助けて!!」
「……ケーキ?」

夏希もそちらをみやる。その肩に男の手が伸びてきて押さえ付けられた。

「こら」
「いったいな!」

遠いがちゃんと目視出来た。
――長い金髪。その横には布を被った人影。
同じようにして押さえ付けられた陽子は男を振り返った。

「馬車をとめて。知り合いがいるんです!」
「おまえの知り合いはここにはいねえよ」
「いたの! ケイキだった! お願い、とめて!!」

陽子は尚も林を見ている。

「ケイキ!?」
「いい加減にしろ!」

男が怒鳴った。陽子は身をすくめ、訴えるのを諦めたようだった。

 


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