11 ◆ この街に足を運んだのは何回目だろうか。塙麟が失道し半年、斃(たお)れて一年。塙王はまだ斃れていないが、麒麟が斃れたのだからそれは時間の問題でしかない。足を運ぶたび、日に日にこの国が窶れていくのが見て取れた。 六太は頭に布を巻き、金髪を隠した姿で巧国の首都・傲霜の街に混じっていた。 ――最初はそれが何なのか分からなかった。慶の偽王の元へと送られる賄賂の出どころを探りに来て、そこで六太は初めて感じたのだ。ただかすかに漂う気配に、三度頭をひねり六太はそれがカオウのものだと思い至った。教えられたわけではない。己の獣としての本性があれはカオウだといっているのだ。例えば何十年も会っていない知人に会ったときのように、思い至る、というよりは思い出した、としたほうが六太の心情としてはしっくりくる。 カオウの神話は、この世界の者なら誰でも知っている有名な話だった。曰く、開闢の折、天帝は理を創り、その飼い戌であるカオウは大陸を創った。五山を護りし神獣で、天帝を初め諸神に次いで尊ばれるその身は穢れることをしらない。捨身木が花を咲かせるときこそカオウが再び誕生する慶事なのである、と。 ――数十年前に蓬山で蝕があったと聞いたが、まさかカオウの蕾まであちらに流されたのだろうか。 だが仮に陽子の友人がそれだとして、当時の話を聞く限りはまだ覚醒していないのは確かである。 考え込みながら傲霜の、さみしげな街をうろついていた六太の脳裏に、台輔、と声が響いた。 「どうだった」 『やはり』 やはりとは、依然としてカオウが牢獄に囚われているという意味である。 最初にカオウの気配を感じ取ってから六太は度々巧に入り様子を窺ってきた。何を思ってカオウを幽閉しているのか分からないが、偽王に加担し誠の王である陽子を殺そうとした塙王だけに、迂闊に干渉出来ないのが苦い。ただただカオウが衰弱していくのを指をくわえて眺めているしかなかった。 六太は軽く唇を噛む。 ――それはまるで、遠い昔の自分を見ているようで その日も同じような報告を使令から受けていたが、声はですが、と続けた。 『牢の中を、塙王に追われているようです。負傷しておいでです』 なに、と六太は目を見開く。天命尽きた思いで逆上しているのか。――だとすれば塙王はとんだ痴れ者だ。天に刃を向けるとは。 そう思う矢先に、六太が感じていたカオウのかすかな気配が一変して膨れ上がった。 体の内側に溢れる気配に六太は一瞬動くことが出来なかった。間髪開けずに見上げた傲霜山の雲の上、煌めく気配が疾走する。 「――悧角、追え!」 ですが、と言い淀む声に六太は自身も街の外へと駆け出しながら言う。 「追い付けなくていい、おれも後から追う!」 転変したカオウに追い付けるものなどこの世にはいない。 暗黙の了解のち、己の指令が遠ざかってゆく。 ――それよりも速く、六太の胸のうちに膨れ上がった気配が遠く萎んでいった。 |