05 ◆ 顔にふさふさと何かが当たっている。むず痒さを引き起こすそれに、妃奈の浅い眠りは覚醒へと向かっていった。 「……?」 目を開けると視界は淡い黄色一色。身を起こすと妃奈の顔からそのふさふさが転がり落ちた。 「あ、妃奈ちゃん。おはよう」 「おはよう……」 すでに起きていたかごめが髪の毛を櫛でといでいる。 この時代の朝は早い。妃奈もわりと目覚めはよいほうではあったが、すでに部屋にはかごめ以外の者たちの姿はなかった。 妃奈は欠伸をしながらふさふさを掴んで顔の高さまで持っていく。それは七宝の尻尾であった。ぐうぐうとだらしなく頬を緩めて熟睡している。 それを見てかごめがくすりと笑った。 「七宝ちゃんったら、よほど妃奈ちゃんのこと気に入ったのね。朝方一回起きたんだけど、妃奈ちゃんにくっついてまた寝ちゃったのよ」 ふーん、と呟いて妃奈は尻尾を掴んだままぶんぶんと右左に揺らしてみた。 「あ、あはは……妃奈ちゃん」 無表情で寝惚け眼(まなこ)のままの妃奈は何を考えているのか分からない。かごめは笑みをひきつらせた。 小さい子どもはそんな状況に置かれているとも気付かないで、逆さ釣りにされながら呑気に欠伸をしながら目を開けた。 「おお、妃奈! 目が覚めたのか!」 妃奈が頷いたところで楓が中に入ってきた。 かごめがそちらに向き直る。 「楓ばあちゃん、おはよう」 「うむ、おはよう。妃奈もよく眠れたか?」 こくりと妃奈が頷く。 それを満足そうに見て、楓は持っていた籠を置いて腰を降ろした。 「――して、かごめ。残りの四魂の欠片も妃奈の中に還したほうが良かろう」 かごめはごくりと息を飲んで頷いた。自然と片手で拳を作り、胸の辺りにもっていく。 四魂の欠片と妃奈と。守らなければならないものが二つに増えるのは戦いにおいてかなり不利になる。それはこれまでのかごめの経験からみてもいえることだ。幸い、かごめも自分の身ぐらいは守れるようになった。それならば妃奈の中に四魂の欠片を入れることによって一行が持つ四魂の欠片を奪われることもなくなり、これから避けれないであろう幾多の戦いの中でそれぞれが身軽に動けることが可能になってくる。それが妃奈を除いた満場一致の意見だった。 (だけど……) かごめはきゅっと拳に力を込めた。 「……妃奈ちゃん」 「なに?」 「確かに四魂の欠片を妃奈ちゃんの体に入れておけば、四魂の欠片を盗られる危険は少なくなるけど……だけど四魂の欠片を入れていくほど妃奈ちゃんはもっと妖怪たちに狙われていっちゃうのよ? そんな危険な役回り……」 苦しい顔をして俯いてしまったかごめに、妃奈は内心首を傾げていた。 (なんで……他人のぼくのため、に……そんな顔するの?) 考えれば考えるほど妃奈の胸の奥が、さわさわと疼いて落ち着かなくなる。 「……なんで……」 「妃奈ちゃん?」 「けっ。なぁーにぐちぐち言ってんだよ」 御簾をかき上げてずかずかと入ってきたのは銀髪の少年。少年はどっかりと妃奈の隣に乱暴に腰を降ろす。 そのあとに入ってきたのは二人の男女と一匹の妖怪。 「――犬夜叉! 弥勒様、それに珊瑚ちゃんも」 「そうですよかごめ様、妃奈様。どんなに強い妖怪がきたって我々が倒してしまえば問題ないでしょう」 「法師様の言う通りだよ。かごめちゃんだって強くなってきてるし、雲母だっている」 珊瑚が言うと雲母はぴゅうと一声鳴いて妃奈の膝に飛び乗った。 「雲母も妃奈ちゃんのこと気に入ったみたいだね」 「おらもおるぞ!」 いまだに妃奈に逆さ釣りにされながら七宝が勇む。 妃奈はほとほと戸惑ってしまった。膝では喉を鳴らしながら頭を腹に擦り寄せる雲母。 (……なんで……なんで、こんなに、みんな……) かごめを見ても、弥勒を見ても、珊瑚を見ても、皆妃奈を見つめる表情は優しい。 助けを求めて犬夜叉を見ると、彼は不機嫌そうに鼻を鳴らして「いいからさっさと欠片入れちまえよ」と、しかしどこか穏やかな目で助け船を出してくれた。 「……いいのね? 妃奈ちゃん」 「……うん」 この底知れぬ感覚から早く脱したくて、妃奈は逃げるように頷いた。 かごめが欠片をかざすと、欠片と共鳴して妃奈の体が薄紫色に包まれた。髪と目の色が変わる。 ――昨日の耳鳴りのような体の異変はなかった。ただただ穏やかな波に包まれるような感覚が続いた後、余韻を残しながらその波は引いていった。 |