手のなるほうへ | ナノ


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02

「犬夜叉ー!!」

木の太い枝に身を預けていた犬夜叉は瞑っていた目を開ける。その木の下では弥勒と珊瑚が寛いでいた。
かごめを見送りに、骨食いの井戸に行っていた七宝が慌てて帰ってきたかと思えば。

「井戸から違う女が出てきただぁ?」
「そうなんじゃ。かごめと着物が似ておった」
「……それで何でオレが行かなきゃなんねぇんだよ」
「まあ良いではないか犬夜叉。これも人助け、さっさと行ってきなさい」
「オメーはただ女が見たいだけじゃねぇか!」
「でも……そんな子をあんなところに放っておいたら、かごめちゃん帰ってきたらすごく怒りそうだよね」
「……」

そんなやり取りをしたのはほんの数分前。
犬夜叉は七宝を肩に乗せて井戸へとたどり着いていた。七宝は犬夜叉の肩から降りていち早く井戸の中を覗き込んだ。
その横から犬夜叉は井戸の中へと飛び降りる。倒れた少女の体を起こして、はたと動きが止まった。

「……刹那……?」

呼吸をするのも忘れるほどの衝撃が犬夜叉を貫く。
封印していた想いが瞬時に沸き上がる、止められない。

「……刹、那」
「――こりゃー! 犬夜叉! 早ようせんか!」

頭上から聞こえてきた七宝の声で犬夜叉は我に帰って改めて少女の顔を見る。
(……匂いはあいつのもんじゃねぇが……ただの空似か?)
しかし桔梗の生まれ変わりであるかごめもこの井戸を通して未来からやってきた。それを考えるとこの少女が生まれ変わりであってもおかしくはない。
――この少女の声が聞いてみたい、この少女の瞳が見てみたい。
焦る胸中を必死で落ち着かせて犬夜叉は少女を抱きかかえて井戸から脱出した。




夢を見た。ただただ紅蓮に包まれてふわふわと浮かんでいる夢。
まるでもう心配はいらないとばかりに、紅蓮が包んでくれる。それまで困らされていた悪夢とは真逆の夢だった。

「……そ……な……」
「う……、ふ……お…………い」

穏やかな微睡みの向こうから誰かの話し声が聞こえてきた。
そちらに意識を向けると急速に脳が覚醒へと向かう。同時に頭もずきずきと痛み出した。
(ああ、そういえばぼく、変な夢見て……確か、電車に曳かれそうになって、時代劇の映画村で、それから井戸で、)

「妃奈! 目を覚ましたか!」

妃奈が目を開け一番最初に目に飛び込んできたのは意識を失う前まで話していた変な子ども、七宝だった。相変わらず茶髪に緑色の瞳であった。七宝は嬉しそうに妃奈の顔を覗き込んでいる。
そしてもう一人妃奈の顔を覗き込んでいる影がある。七宝からそちらに焦点を合わせると、少年はびくりとしたように身を強張らせた。この少年も七宝のように、銀色の髪に黄土色の目と日本人らしからぬ容姿をしていた。少年の銀髪から覗く二つで一対の白い獣の耳はカチューシャか何かで固定してあるのだろうか。妙にリアルである。
――妃奈の視界は異形な二人でいっぱいに埋め尽くされていた。

「…………」
「……やいこら寝るな」
「う」

無視を決め込もうともう一度目を閉じる妃奈の鼻を摘まむ少年。
七宝にも肩を揺らされて、仕方なく妃奈は再び目を開けた。

「妃奈、お主井戸で頭を打って気絶したんじゃぞ」
「あ、そっか……」

ずきずきと頭の一部が痛むのはそのせいか。
(じゃあ、少なくとも夢じゃない、のか……)
妃奈が寝かされている部屋はいつかちらりと見た時代劇のセットそのものだった。木造平屋建ての室内には囲炉裏と水瓶、小さい窓には木の棒が嵌め込まれている。入り口にはドアはなく、芦で作られた御簾が下がっているだけであった。
身を起こした妃奈は、二人の他にも人影があるのに気が付く。囲炉裏を挟んで向こう側から三つの人影がこちらを見ていた。一人は短い黒髪を後ろでまとめた青年、一人は長い黒髪を下の方で結んでいる女性、一人は白髪に眼帯をした老婆。いずれも見慣れない衣服に身を包んでいるが、七宝や銀髪の少年のような異形な部位は見受けられなかった。

「おお、これはまた可愛らしいお方で……」

青年がそう言い出すと、女性がわざとらしく咳払いをして黙らせる。
老婆は静かに妃奈をその隻眼に映しながら隣へとやってきた。その表情は固い。

「……似ておる」

妃奈の顔をまじまじと見ながら老婆がぽつりと溢す。

「全く瓜二つとまではいかないが……かすかに刹那様の面影を宿している」
「楓様、その『刹那』というお方は……」
「左様。五十年前に犬夜叉に化けた奈落に殺された、桔梗お姉さまの親友であった巫女じゃ」

遠くで耳鳴りがした。

 


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