手のなるほうへ | ナノ


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01
よくよく見るとその子どもは変わった姿形をしていた。少なくとも妃奈が生きてきた限りでは見たことのない子どもである。茶髪に緑色をした瞳、その身に纏っているのは、浴衣や甚平などといった類いではない着物。――キツネ色のふさふさした大きな尻尾を背負っているようにも見える。

「か……かごめじゃない……」

未だに驚愕の表情を張り付かせた子どもがぽつりと言った。

「……お、お主、かごめはどうしたんじゃ?」
「かごめ?」
「さっきまでその井戸の中におったろう。国に帰ると言って」

全く意味が通じなくて首を傾げる妃奈に、子どもはさらにわなわなと震えだして後退りした。

「……お主、何者じゃ?」
「妃奈」

子どもに短くそう答えると、妃奈は完全に井戸から這い上がる。
すると子どもは脱兎の如く近くの木の後ろまで逃げていく。だが、妃奈の着ている制服に目を留めて怪訝そうに潜められていた眉は穏やかになった。

「かごめと似た着物を着ておる……もしやお主も『とうきょー』とやらから来たのか!?」
「……まあ、そうだけど。ねえここどこ?」
「ここは武蔵の国じゃ」
「ふーん……」

妃奈は辺りを見回して呟き、やがて井戸を背もたれにして座り込む。
(……夢見てんのかな。それとも死後の世界とか……。……なんだっていいか、もう)
しばらくそよそよと軽く肌を撫でる程度の微風を楽しんでいると、いつの間にか側に子どもが近寄ってきていた。興味津々といった様子でこちらを観察している子どもに妃奈は眠たげな目を向ける。

「……子どもは、なんて名前なの?」
「おらは狐妖怪の七宝じゃ! さっきは怖がって悪かったの」
「いーよ、別に」

ふう、と体育座りをした膝に顎を乗せて目を瞑る妃奈に七宝と名乗った子どもはもう一歩近づく。

「……」
「……」
「……何、しておるんじゃ?」
「んー……何も」

思わずずっこけそうになる七宝だったが、何とはなしに妃奈の隣に腰を下ろしてみた。
二人の間を爽やかな風が吹き付けて、頭上を小鳥が飛んでいく。
のどかな時間は時が止まったかのような錯覚を覚える。

「……」
「……」
「……ぐー」

今度こそ七宝ははずっこけた。
急いで隣を見れば、そこには体育座りのままうとうと舟を漕いでいる妃奈がいた。

「こりゃ妃奈! 起きぬか!」

ゆさゆさと妃奈の肩を揺らせばうっすらと瞼を開けたので、七宝は正面に回り込む。

「お主もこの井戸からやってきたんじゃろう? かごめはこの骨食いの井戸から生国とこっちを往き来しておる。もう一度降りてみてはどうじゃろうか」

すると妃奈は欠伸をしながらゆっくり立ち上がる。

「ほれ、ものは試しじゃ」

七宝はぴょんぴょん跳ねながら井戸の淵に立ち、事の次第を見守ることにした。

「……別に帰れなくていいんだけどな……」

ぶつぶつと呟く妃奈は至極面倒臭そうに顔をしかめていたが、それでも井戸の淵に足をかける。そして何の躊躇いもなしに中に飛び降りた。

「あ!? ――こりゃ妃奈! せめておらに礼ぐらい言っ……」

――ガン!!

あっさりしすぎな引き際に七宝は慌てて文句を叫ぶが、それは井戸の深部から聞こえてきた衝撃音に遮られた。
おそるおそる七宝が井戸を覗くと、そこには頭に大きなたん瘤を作って目を回す妃奈がいた。

「む、無理だったのか……」

七宝はがっくりと肩を落とし、しかし次の瞬間には気絶している妃奈に向かって叫んだ。

「待っておれ妃奈! 今犬夜叉を呼んでくるからな!」

そう言うが否や七宝は踵を返して村へと走り出した。
(おらがしっかりせねば!)

 


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