手のなるほうへ | ナノ


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――あつい
紅蓮の中にいた。その中はとても心地よい匂いと温度で彼女の思考を痺れさせる。それと同時に彼女の体を灼熱の温度で燻らせている。火照った体と心はそれでもその紅蓮を求めていた。
――熱い
だが求めれば求めるほど、揺るぎないその紅蓮はチロチロと彼女を蝕む炎へと変わっていく。
――熱い……!
穏やかだが確実に死へと誘う炎から逃げようと彼女は身を捩るが体は動かない。
締め付けられていく体、意識。肌を髪を焼いていく炎。
その向こうでは紅蓮と銀色を纏った彼が立っている、その表情。
……その、殺気と侮蔑を含んだ裏切りの表情。


「……!」

妃奈は目を開けた。
急激に眠りから覚めたので瞬間的にここが何処だか分からなくなる。
まだ薄暗い部屋に微かに明るいカーテンの外側、しんと静まり返った部屋に無機質な時計の秒針の音。
――夢。
未だ荒い呼吸と脈を宥めるように妃奈はそっと息を吐いた。

「……最悪」

ポツリと呟いて起き上がる。
ここ最近よく見る悪夢だった。見るたびに魘されては目が覚めるので、妃奈はほとほと困っていた。時計を見れば午前六時五十分。ゆっくりと仕度をして学校へ行くのに丁度良い時間である。欠伸をしながら妃奈はベッドから抜け出した。



悪夢を見るようになってから、妃奈は原因不明の焦燥感に襲われていた。
朝起きて学校へ行き夕方家に帰り夜眠りにつく。そんな当たり前の日常をのうのうと過ごしていてはいけないような気がするのである。
(……なんだか、ぼくの知らないところで、ぼくが壊れていっているような……?)
――ピピィ!!
駅員が鳴らす笛の音で妃奈は我に返った。どうやら考え事をしているうちに駅のホームまでたどり着いていたらしい。
反対側に止まっていた電車が動き出す。ホームのスピーカーが妃奈が乗車する電車が間も無く到着することを告げる。
欠伸をする妃奈は何とはなしに、数歩先に広がる薄汚れた線路を見つめていた。その視線の左端に徐行した電車が写った、その瞬間。

「――え」

背中に強い衝撃が走り、妃奈の体は大きく前方へ飛んでいた。
ふわりとした感覚が妃奈を包む。水の中に潜ったように周りの音が消えた。
(……ああ、轢かれる)
時間に換算するとそれは一秒足らずの出来事なのかもしれないが、目の前の線路と視界の左端にある電車はまるでスロー再生されているようにゆっくりと迫ってくる。
(まあいいや)
妃奈は静かに目を閉じた。
この世に残すものたちへの未練や生に対する執着心など、この歳にして彼女にはすでになかったのである。





妃奈の足が何か固いものに降り立つ。ああ、では、轢かれるより線路に落ちたほうが早かったか。しかしそう思う妃奈の耳に遠く小鳥のさえずりが聞こえてきた。加えていつまで経ってもやってこない痛みに、妃奈は不思議に思ってそっと目を開けてみた。

「えっ……」

そこは薄暗く狭い場所だった。
妃奈の足の下には所々雑草が生え白い骨のような岩が落ちている地面が広がり、四方は石が積み上げられた壁で塞がれている。畳半畳分程の小さな正方形をした部屋のような場所に妃奈はいた。
どこにもドアはなく、上を見上げると正方形に切り取られた青空が見えた。
確か自分は駅にいたはずである。それがどうしてこんな狭い場所にいるのであろう。
――そんなことより、自分は。
(とにかく……ここ、出なきゃ)
死んでるにしろ、まだ生きているにしろ。
妃奈は石の壁を這うように生えている蔦を掴んだ。軽く引いてみると手応えを感じたので、妃奈は安心してその蔦に体重計をかけて登る。
石の壁を登りきって外に顔を出したところで、またもや妃奈の予想を裏切る風景が広がっていた。

「……どこ?」

妃奈の目の前には壮大なる緑が伸び伸びとその存在を見せつけていた。

「……だれ?」

それと視線を降ろせばまだ年端もいかぬ子どもが、こちらを見て目を見開いていた。

 


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