08 ◆ 翌朝、村を出た一行は鋼牙の持つ四魂の欠片を追って山中にいた。草木はあまり生えておらず、片方は岩肌、片方は崖に挟まれた小道を一行は進んでいる。 「――よし、このニオイだ!」 犬夜叉の並々ならぬ嗅覚を頼りに歩みを進めているわけなのだが、なにぶん昨日の出来事で時間が経っているので狼の臭いは薄れている。その道が常に通る場所でなければ、臭いは付着しても風に浚(さら)われていってしまうのだ。大地に残る僅かな異臭を嗅ぎだそうと、懸命に犬夜叉は地面にへばり付いて鼻を利かせている。 「あのハッタリ野郎、オレを犬っころ呼ばわりしやがって……! 必ず取っ捕まえてやる!」 その様子を遠巻きに眺めている七宝は妃奈の腕の中で、おそらくこの場にいる者皆が思っているであろうことを口にする。 「犬っころと呼ばれて頭にくるのもいいが、あれじゃあどう見ても犬っころじゃ」 「七宝ちゃん……」 「んだとぉ!?」 的確な発言にかごめが苦笑する。 七宝のその声は並々ならぬ聴覚備えた犬夜叉の耳に簡単に届いたようだった。ガバリと起き上がりその場で拳を振り上げる。 「おら七宝! もう一回言ってみろ!」 「うひゃあ! あんな遠くで聞こえてしもうた! まさしく犬の能力じゃ」 「七宝! テメー、百発殴ってやる!」 犬夜叉が怒鳴りながら妃奈に抱き抱えられている七宝の元へ駆けつけるが、すぐさま七宝は妃奈の背中にしがみついた。 「……」 「ゔっ……」 必然的に残された二人が対面することになった。 妃奈は黙って犬夜叉を見上げる。 犬夜叉は拳を振りかざしたまま、びったりと止まってしまった。 やがて何を考えているか分からない妃奈の視線に耐えられなくなった犬夜叉は目線を反らし、妃奈の背中にいる七宝に怒鳴り込む。 「七宝! 卑怯だぞ!」 「犬夜叉……情けないぞ……」 そんなやり取りを眺めていた弥勒が、ふと空を見上げて呟いた。 「この辺り、どうも妙な雰囲気ですなぁ」 「法師様もそう思う? 雲母もさっきから落ち着かないんだ」 弥勒の隣に立っていた珊瑚も同意した。変化した雲母の背中を撫でながら、珊瑚が頷く。 「嫌な妖気が漂っている……狼とはまた違うような」 弥勒が首を捻ったところで、雲母が低いうなり声を上げて岩肌を見上げた。 追って珊瑚がそちらを見やると、何十匹もの狼が岩肌を下ってくるところであった。 「みんな! 上だ!」 「!?」 急斜面を下ってきた狼たちは勢いそのままに犬夜叉に噛み付き、自らもろとも崖へと落ちていく。 「犬夜叉!」 空中では踏ん張ることも出来ずに、犬夜叉は狼を振り払おうともがくが重力に従わざるを得ない。 「にゃろう! 何のつもりだ!」 苛立たしげに舌打ちする犬夜叉の背後から土煙が上がった。 重力に従って落下する犬夜叉とは反対に、その土煙は上へと登っていく。 「何だありゃあ!?」 「あばよ! ――犬っころ!」 その土煙の主は鋼牙で、犬夜叉と擦れ違う際に勝ち誇ったような表情を浮かべるとさらに速度を上げる。 「あいつ!」 「妖狼族の鋼牙!?」 鋼牙は崖を登りきって高く跳躍し、眼下の状況を見下す。 珊瑚も弥勒も雲母も襲いかかる狼たちの相手で精一杯。七宝とかごめに至っては威嚇する狼に囲まれて縮み上がっている。 鋼牙は口端を上げた。 「こいつはオレが……」 「妃奈様!」 「いただくぜぇ!!」 鋼牙は小道に降り立つと目にも留まらぬ速さで、薄紫色に変色した妃奈を引っ張り小脇に抱えた。 「妃奈ちゃん!」 「妃奈様!」 「くっ……雲母!」 襲いかかる狼を避けながら珊瑚は雲母を鋼牙へ向かわせようとするが、次から次へと現れる狼たちがそれを邪魔する。 そして合図したように狼たちが逃げ出し始めたころには、すっかり鋼牙たちの姿も四魂の欠片の気配もなくなっていたのだった。 |