手のなるほうへ | ナノ


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09




「おらよ」
「……たっ」

ぞんざいに放り投げられ、妃奈は鋼牙の足下に転がる。幸い、何かの動物の毛皮が幾重にも敷いてあったので肌を擦りむくことはなかった。
――連れてこられたのはさほど広くはないが、奥行きのある洞窟だった。しばらく山道を進み、一つの谷を越え、またしばらく山道を進むと低い滝がある水場に辿り着いた。その滝を潜ると洞窟が口を開けていて、その最奥部、おそらくこの若頭の寝床であろう場所に妃奈はいる。

「おい鋼牙! ウマソーな獲物じゃねぇか」
「オレにも食わせてくれよ!」

妃奈を見下ろす鋼牙の後ろには、何人もの男たちと狼が控えている。いずれも興味津々といった様子で妃奈を見ているが、もっぱらその興味は妃奈がただの食料としてどんな味がするのかのみに向いている。

「おい女」

鋼牙が妃奈の前にしゃがみこみ、薄紫色に変色した髪の毛を一房引っ張る。ぐい、と妃奈の顔が鋼牙の顔に近付いた。

「お前、この髪はなんだ? それにその目も」
「……なんだって言われても……」
「オレの中の四魂の欠片が疼いてやがる。欠片の在処も見えるみてぇだし、女、……お前ナニモンだ?」
「…………四魂の玉の、生まれ変わり」

妃奈がそう言うと鋼牙は面白そうに目を細めた。へぇ、と軽く口唇を上げて妃奈の髪の毛を引っ張っていた手が、頬、唇、そして首へと流れるように落ちていく。

「じゃあお前を食えば、オレはもっと強くなれるわけだ」
「っ、」

薄笑いを浮かべたまま、鋼牙は指先に力を込めた。
それまで無表情だった妃奈の顔が、歪む。妖怪の実力など妃奈は皆目検討もつかなかったが、それでも彼は片腕で、それも少し力を加えるだけで脆い人間の首など簡単に折ってしまうであろうことは分かる。
ギリギリと次第に強くなる握力に苦しむ妃奈に対して、顔から笑みが消え無表情のまま妃奈を見つめる鋼牙。

「あ……、っ……」

底冷えするような冷たい表情の鋼牙、ニタニタと下卑た笑みを浮かべる男たち、薄汚れた岩肌、それら全てが闇に呑まれる。ぐるんと世界が反転して、妃奈の意識はそこで途絶えた。




「くそ! かなり流されたぜ」

崖下に流れている川から脱出した犬夜叉は、すっかり水を吸って重くなった火鼠の衣を絞る。

「妃奈ちゃん……大丈夫かしら」
「鋼牙は最初から、妃奈様を奪うことだけを目的としていたようですね」
「ああ。それでオレを引き離した後、狼たちがあっさり引き上げたんだな」
「そのようで」
「――とにかく鋼牙を追うしかねぇな! 行くぞ!」
「え、あ、きゃあ!?」

ぱん、と火鼠の衣から水気を飛ばすと、犬夜叉はかごめの腕を引っ張って背負う。

「ちょっと犬夜叉! もう少し丁寧に扱いなさいよ!」
「うるせぇ! 舌噛まねぇように黙ってろ!」

背後でかごめが怒鳴るが犬夜叉はお構い無しに、崖に所々生えている木々に跳び移り崖を昇っていく。

「これ犬夜叉!」
「犬夜叉! かごめちゃんを落とすんじゃないよ!」

下から変化した雲母に跨がった珊瑚と弥勒が注意するが、それすらも聞き入れずに犬夜叉はひたすら鋼牙の消えた方向へと歩みを進める。犬夜叉の脳裏には、鋼牙の小脇に抱えられた妃奈の顔が浮かんでいた。

『こいつはオレが……』

(あいつ……あんな時でも無関心決め込みやがって……!!)
そして妃奈の腹に回された鋼牙の手がどうしても気に入らない。

『いただくぜぇ!』

(少しは抵抗しやがれってんだ!)
煮え切らない胸中を隠さずに犬夜叉は荒々しく木の枝を踏み締めた。





意識を失いぐったりと倒れこんだ妃奈に、鋼牙の後ろにいた仲間が色めき立つ。

「もったいぶるなよ鋼牙!」
「早く食っちまおうぜ!」
「――この女はエサじゃねぇ! 盗み食いした奴はぶっ殺すぞ!」
「うひぃ……こえぇ……」

鋼牙の威嚇に萎縮する仲間たちを睨み付け、妃奈を振り返る。
(この女……いい度胸してんじゃねーかよ)
細い首に痛々しい跡を残し、真っ青になった妃奈の顔を見つめて鋼牙はもう一度面白そうに目を細めた。

 


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